なぜ私たちはこんなにも駅弁が好きなのか? 知ればさらにおいしくなる駅弁の世界

暮らし

更新日:2021/10/14

なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?
『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(長浜淳之介/交通新聞社)

 子どもの頃、「弁当」という響きにワクワクした人は多いのではないだろうか。外で食べる弁当は、遠足や旅行など、非日常の楽しい体験とセットになっていたからだ。しかし大人になってからは、弁当は仕事中など普段からコンビニなどで買って食べる日常的な存在になった。ただ、駅弁だけは別格だ。駅で立ち寄った売店で、バラエティ豊かなパッケージを前にすると心が躍る。旅行ができない時期も、イベントで見かけるとつい手に取ってしまう。百貨店での催事の賑わいや、スーパーで売られて棚から消えていく光景を見ても、なぜ我々はこんなにも駅弁が好きなのだろう、と率直に思う。

 日本人が駅弁を愛してやまない理由を、グルメとしての魅力とビジネス的な背景から解き明かすのが、本書『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(長浜淳之介/交通新聞社)だ。著者は、ビジネスや飲食、街歩きなどに詳しいフリーライターの長浜淳之介氏。会期中に5億~6億円を売り上げる(2021年は縮小開催)、京王百貨店新宿店の駅弁大会の裏側、そして逆風にも挑戦を続ける駅弁業者のストーリーなどから、駅弁の歴史や、駅弁が我々の心を惹きつける所以を多角的に解説している。

 駅弁の凄さをまず実感できるのが、著者が「駅弁の王者」と呼ぶ北海道・森町の「いかめし」の人気に迫る第1章だ。京王百貨店での駅弁大会で50回連続売上1位という驚異的な人気を誇る、いかめし阿部商店のいかめし。もとは函館近くの小さな町の駅で、首から下げた箱に乗せて売られていたが、売上が減っていた頃に百貨店のイベントに出店、今では催事での売上が9割を占めるという。バスケットボール「Bリーグ」のネット番組のレポーターなどとしても活躍する若き3代目社長・今井麻椰さんへのインタビューでは、会場で生のイカに米を詰めるところから作るこだわりや、作る職人ごとに味が違う家庭料理らしさなど、郷土食としての魅力を守りながら、新しい取り組みを続ける姿が伝わる。そのバイタリティといかめしの深い歴史に驚くが、何よりもいかめしを食べたくなる。ちなみに、いかめし阿部商店のホームページでは催事スケジュールが掲載されている。さっそく最寄りのデパートの出店日程をチェックして、手帳に書き込んだ。

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なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?
いかめし阿部商店3代目社長・今井麻椰さん

 もはや冬の風物詩となった、京王百貨店新宿店の駅弁大会の裏側を伝える第2章にも圧倒される。担当者が全国を回って出店業者を集めた駅弁大会の始まり。郷土愛をくすぐる駅弁大会の数々の企画の成功が、今の駅弁人気につながっていること。自動車の普及や廃線など駅弁に逆風が吹く中、都市部の催事での人気によって駅弁が地元の名物として根付いたり、地域活性化につながったりしてきた歴史。マンネリ化を乗り越えるヒット企画の開発や、震災やコロナ禍といった非常時での開催にまつわるドラマを通じて、駅弁のダイナミックな物語がひもとかれる。各地の食文化への思いを胸に大会を進化させる百貨店と、強い郷土愛と覚悟を持って出店する駅弁屋の熱い思いが、文章からあふれ出るように伝わってくる。

なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?
2020年の第55回大会の「名物対決特集」では、5種のカニ駅弁がメインに

なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?
2021年の第56回大会「明治創業!老舗駅弁屋の新作特集」のラインアップ

 挑戦を続ける駅弁業者を紹介する最終章では、ベンチャー気質で商品を進化させる老舗や、苦境であえて地元に目を向けることで成功した駅弁屋などの面白い取り組みを伝える。本書全体を通してさまざまな駅弁が紹介されるが、その数もさることながら、開発の背景やトリビア、具材の味付けまで、とにかく駅弁に関する情報量がすごい。この1冊で、駅弁のおいしさと駅弁に関わる人たちの情熱、そして歴史を知れば、本書のタイトルにあるように、駅弁がスーパーでも売れる理由がよくわかる。

 ターミナル駅で見る定番の駅弁もたくさん登場するが、その物語を知ってから食べると、また違った味わいを感じられそうだ。ワイン入り弁当や冷凍のお取り寄せ弁当など、本書で紹介される未体験の駅弁の沼にもどっぷりはまりたくなる。駅弁売り場へ足を運んで、お気に入りの弁当を探しつつ、駅弁が生まれた地域に思いを巡らせるのも楽しそうだ。恐るべし、駅弁の世界。

文=川辺美希

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