女性研究者が過激主義組織に潜入。ネット社会の裏側も見せる実録ノンフィクション

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公開日:2022/1/14

ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ
『ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ』(ユリア・エブナー:著、西川美樹:訳、木澤佐登志:解説/左右社)

 新興宗教やネットワークビジネス、過激な思想を持つ団体に入ってしまい、人生がガラリと変わってしまう人たちがいる。普通に暮らしていると「どうして入ってしまうのか?」と疑問に思うかもしれないが、そこには巧妙な勧誘の仕組みがある。なぜ彼らはそういった団体に入ってしまうのか。

 本書『ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ』(ユリア・エブナー:著、西川美樹:訳、木澤佐登志:解説/左右社)は、世界各国の12の過激主義組織に潜入するノンフィクションだ。著者は、過激主義者のプロパガンダやヘイトスピーチについて研究するユリア・エブナーさん。彼女が社会のダークサイドに踏み込むスリリングさに加え、組織の勧誘手法もリアルに知ることができる点が興味深い。12の過激主義組織のうち、本稿では2つの例を取り上げる。


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「反フェミニスト」に染まる女性たちの心理

 まずは、女性の反フェミニストコミュニティ「レッドピル・ウィメン」。アメリカのネット掲示板「レディット」上にあり、約3万人(著者取材時)が入っているコミュニティだという。女性の権利を主張するフェミニストとは真逆の考えを持ち、女性にとって重要なのは、「SMV(性的市場価値)」であると主張する。異性間のコミュニケーションにおいて女性は性の売り手であり、買い手である男性に求められることを目指すべきだというが……。性の平等が進む今、なぜこうした考えが生まれるのだろうか?

「レッドピル・ウィメン」の女性たちの姿を見ていくと、どういった心理で「反フェミニスト」になるのかが見えてくる。著者によれば、集まってくる女性たちは、愛する人を失う不安を抱えていたり、パートナーがいないことの原因が自分にあると考える傾向にあったりするという。このSMVを最適化する考え方は「愛されたい」と強く願う彼女たちにとって、ある種の救いになっているかもしれないが……。また、このような伝統的なジェンダー・セクシュアリティ観が、ネット上で女性に対するハラスメントを誘発する要因のひとつでもあると著者は主張している。

YouTubeが入り口になることも?

 もう一つの例が、ヨーロッパ最大のトロール(荒らし)軍団「レコンキスタ・ゲルマニカ」。「レコンキスタ・ゲルマニカ」は、LARP(ライブアクションロールプレイングゲーム。現実世界でゲームの登場人物になって遊ぶゲームのこと)という建付けの組織で、約1万人(著者取材時)が所属しているという。ゲームのように荒らし活動を行い、目標を達成すれば階級が上がっていく。多くのメンバーは、政治思想よりも、同志たちと交流するコミュニティとしての価値を組織に感じているようだ。ゲーム的なおもしろさや、コミュニティとしての側面が過激主義組織に人を惹きつけている。

 またコロナ禍で一層身近になったYouTubeも、過激主義者の温床になっているという。本書では、ノースカロライナ大学の科学技術に関する社会学を研究するゼイナップ・トゥフェックチーの実験が紹介されている。彼女は、YouTubeの自動再生機能に注目。主流派のコンテンツや政治色のないトピックを見ていても、YouTubeのアルゴリズムが過激なコンテンツを優先的にレコメンドすることがあると主張している。たとえば、はじめはジョギングの動画を見ていたのに、最後は過激なパルクール(道具を使わず、走る、飛ぶ、登るなどでアクロバティックに移動するスポーツ)の動画に行き着く、といった具合だ。こうしてレコメンドされる動画や掲示板での「荒らし」書き込みが、過激主義コミュニティへの入り口になっていることがある。

 本書では他にも、ISISのハッカー集団や、ネオナチのロックフェスティバル、Qアノンなど、普段は見られない過激主義組織の実態を知ることができる。いろいろな組織を見ていくと、彼らのやり方には共通点があることも見えてくる。インターネットが発達した今、誰もが心の不安に付け込まれ、勧誘される可能性がある。本書を読むことは、自分や周りの人の身を守ることにもつながるだろう。

文=中川凌 (@ryo_nakagawa_7

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