もののけ姫もびっくり!? 目に見えない「モノノケ」の歴史をたどれば、私たちのココロの中が見えてくる

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/26

もののけの日本史-死霊、幽霊、妖怪の1000年
『もののけの日本史-死霊、幽霊、妖怪の1000年』(小山聡子/中央公論新社)

 日本語には、「時代によって“意味”が少しずつ変化している言葉」が、数多くあります。

 たとえば、「うつくし」――現代では「うつくし」は「美しい」のことで、「綺麗(きれい)」や「ビューティフル」の意味で使われるのはご存じのとおり。でも、古代の日本では、「うつくし」は、子どもや花などに対する「かわいい」や「愛らしい」の意味で使われる言葉でした。なので、もしもタイムマシーンに乗って、平安時代にワープ旅行する際には、使い方を間違えてヘンな空気にならないように、くれぐれも気をつけましょう。

 それと同じように、「もののけ」もまた、時代ごとに意味が変化している言葉です。現代の日本語では、「もののけ」は「物の怪」と漢字表記され、主に「妖怪」や「化け物」全般を指す言葉として広く使われています。スタジオジブリの人気アニメ映画『もののけ姫』(1997年、監督:宮崎駿)でもすっかりおなじみですよね。

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 でも、平安時代の日本では、「もののけ」は「物の気」と漢字で表記され、その意味するところもまったく違っていた!……と教えてくれるのが、本書『もののけの日本史-死霊、幽霊、妖怪の1000年』(中央公論新社)です。著者の小山聡子氏は日本宗教史を専門とする大学教授で、本書では、古代から現代の日本へと至る、驚きの「モノノケ史」を歴史学の視点からひもといていきます。

 まずは古代~中世。現代のような医学が発展してなかったこの頃、なんとモノノケは、人間の病気や死の原因になる、正体不明の「死霊」を指す言葉でした。平安時代の貴族たちは、怨念を持つ恐ろしい霊を“治療する=体内から追い払う”ために、僧の祈祷による調伏に頼っていたんだとか。本書の前半には、その具体的な「退治法」がいろいろと紹介されているのですが、これがまた、どれもこれも実にすごい! 藤原道長はモノノケによって、しばしば錯乱状態に陥っていた!?……など、信じられないようなエピソードの連続で、まさに、モノノケたちの「黄金時代」です。

 しかし、近世になって、少しずつ医学が発展してくると、モノノケの存在を信じる人は減っていきます。乱世の戦国時代と比べ、わりと平和な生活環境だった江戸時代になると、庶民向けの娯楽として「怪談ブーム」が巻き起こり、モノノケと(本来は別物だった)幽霊の区別がなくなり、さらには妖怪も化け物も悪霊も、すべて「もののけ」に入れちゃえばいいんじゃん?という風潮が広がります……いうなれば、モノノケの「エンタメ化」現象ですね。

 近代化・西洋化が進んだ明治時代以降、この傾向はさらに加速し、モノノケの出番はもはや、時代物の文学作品の物語の中に限定されていきます。しかし、昭和や平成の時代になると、現実世界に居場所を失った「もののけ」は都市部から追いやられる代わりに、自然を守る「神」の役割を新たに担うことに(そういえば、『もののけ姫』もそうでした!)。一方で、アニメやゲームの中ではモノノケの「キャラ化」現象がどんどん進み、ついには人間の「ペット」や「友達」のようなフレンドリーな存在にまでなって……!?

 著者の小山氏は、本書の最終章を「モノノケは、その時代に生きた人間の精神世界を映し出す鏡なのである」という、思わずハッとさせられる文章で締めくくります。目には見えないけど、今でもやっぱり、私たちの「すぐそば」に潜んでいるモノノケーーあなたも本書を読むことで、そんなモノノケたちの「生きざま」に思いを馳せながら、今の私たちの「現在地」がどこなのかを確かめてみてはいかがでしょう?

文=内瀬戸久司

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