『めぞん一刻』の名シーンには、いつも「桜」が描かれている。桜が舞う“7つの場面”から見る「春」のように暖かい本作の魅力

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更新日:2023/2/10

 高橋留美子さん作の『めぞん一刻』は、「桜」が繰り返し描かれている。

 本作は、主人公の五代が浪人時代から大学生~就職浪人を経て社会人になるまでの数年間の物語だ。作中で時間が経過するにつれて、夏休みやクリスマス、お正月といった季節のイベントが繰り返し登場する。

 その中でも、物語が大きく動くのは決まって春の出来事で、そこでは必ずと言っていいほど「桜」が舞っている。

 『めぞん一刻』は「アパートの群像劇」「三角関係のラブコメ」など色々な視点で、何度でも繰り返し楽しむことのできる名作だ。そのなかでも、この記事では「桜」にスポットを当て、改めて本作の魅力をご紹介したい。

 なお、本記事は作品の結末にも触れるため、「これから読む」という方はご注意いただければと思う。

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『めぞん一刻』新装版 1巻 書影
(C)高橋留美子/小学館

桜の季節は「惣一郎さん」の命日

 本作は、響子と五代が、響子の元夫である「惣一郎さん」の死を受け入れ、乗り越えていく物語であるとも言える。

「惣一郎さんの死」がはじめて語られ、響子が未亡人であることが明らかになるのが7話「春のわさび」だ。

 五代の浪人時代から大学合格までのドタバタがひと段落した後、響子の過去にフォーカスされるのが、この回だ。桜が舞う季節に、響子が訪れた先が響子の夫である惣一郎さんの墓だと明かされる。

 群像劇のギャグラブコメだった物語に、シリアスな展開が持ち込まれる初期の大きな転換期だ。

 この回以降、劇中でめぐる季節のなかで「桜の季節=惣一郎さんの命日」として、何度も登場することになる。

 この頃、五代は既に響子に恋心を抱いているが、響子はまだ惣一郎さんの死から立ち直っていないことが描かれている。

『めぞん一刻』新装版 1巻 150~151p
(C)高橋留美子/小学館

「生きている人達がだんだん私の中に入ってきてる」

 続いて「桜」が登場するのは、惣一郎さんの4回目の命日となる77話『春の墓』だ。

 前回の命日の回以降、五代の恋のライバル・三鷹の登場もあり、物語が響子を巡る「三角関係のラブコメ」要素が強くなったころに、桜の季節が訪れる。

 響子は、桜が舞う惣一郎さんのお墓の前で「ずっとあなたのことを思い続けていたかった。だけど…生きている人達が、だんだん私の中にはいってきてる…」「自然に忘れる時が来ても…許してください。」と語りかける。

 響子の心が、少しずつ五代や三鷹に動かされていることが明かされる瞬間だ。

 ちなみに「五代が惣一郎さんの顔写真を見ようと奔走して結局見られない」というのが定番ネタになっているのだが、結局、最後まで惣一郎さんの顔が描かれることはない。その代わり、惣一郎さんについて描かれるときは、必ずと言っていいほど桜が舞っている。

 桜は、作中における惣一郎さんの象徴といってもいいのではないだろうか。

『めぞん一刻』新装版 8巻 88~89p
(C)高橋留美子/小学館

惣一郎さんを巡って、迷う心が描かれる「桜迷路」

 響子と五代の仲が深まり、五代は結婚を意識し始めるが、就活に失敗して就職浪人となってしまう。100話「桜迷路」では、響子が五代のアルバイト先に顔を出し、気まずい雰囲気のなかふたりで言葉少なに桜の下を歩く。

 響子を好きな一方で「惣一郎さんのようには響子を幸せにできない」と自分に自信を持つことができない。響子も、五代のそんな気持ちをわかりつつ「五代さんは五代さんだから…」と言うことしかできない。
 亡き惣一郎さんを巡って五代と響子の心が迷う姿が、全編で流れる桜吹雪とともに描かれる名シーンだ。

 

『めぞん一刻』新装版 10巻 114~115p
(C)高橋留美子/小学館

『めぞん一刻』新装版 10巻 116p
(C)高橋留美子/小学館

桜の舞うなか、響子が五代に気持ちを伝える

 はじめて響子がハッキリと五代に対する気持ちを言葉にしたのも、命日を迎えた惣一郎さんのお墓の前だった。127話「草葉の陰から」での出来事だ。

 五代は紆余曲折あって保父(現在の保育士)を目指すことになり「次の夏」に保父試験を受けるべく勉強を続けている。

 そんななか訪れた惣一郎さんのお墓参りの際、響子は「あたしが再婚したら、本当に安心?」「かえって心配かけるかもね」「頼りないから…その男…だけど…」と惣一郎さんに心の声で話しかけ、最後には五代に聞こえるように「夏まではひとりです」と、五代の資格合格を待つことを明らかにするのだ。

 響子が五代との結婚の気持ちを、惣一郎さんに、そして五代本人に明かす、とても重要なシーンとなっている。

『めぞん一刻』新装版 12巻 190~191p
(C)高橋留美子/小学館

『めぞん一刻』新装版 12巻 192~193p
(C)高橋留美子/小学館

実質的な最終話「桜の下で」

 最終話直前の「桜の下で」は、五代と響子の結婚が決まり、惣一郎さんの遺品を実家に返すことになる。

 響子が遺品を返すことを惣一郎さんのお墓に伝えにいった際、桜の舞うなか、先に訪れていた五代が惣一郎さんに語りかけている場に遭遇する。

 五代は惣一郎さんに「あなたもひっくるめて、響子さんをもらいます」と語りかける。「桜迷路」の頃、響子の心にいる惣一郎さんの存在に戸惑い迷っていた五代が、乗り越えて自分なりの結論にたどり着いたのだ。

 この言葉を聞いて、響子は「惣一郎さん…あたしがこの人に出会えたこと、喜んでくれるわね」と語る。響子もまた、惣一郎さんを乗り越えて、五代と生きていくことを決意する。

 この回は、桜の舞うなか、響子の「…さようなら惣一郎さん…」というセリフで終わる。 五代が惣一郎さんの死を知ってから、劇中時間で少なくとも5年以上。そのなかで響子が五代に少しずつ惹かれ、迷いつつも五代を信じ、最後に五代を心から受け入れるという、ふたりで歩んだ時間の積み重ねが、何度も繰り返す桜とともに描かれる物語の完結した瞬間として、とても美しく描かれる。

 ちなみに、最終話はこの次の回「P.S.一刻館」だが、「P.S.=追伸」という言葉が示す通り後日譚的な内容となっている。この「桜の下で」のラストカットこそ、響子と五代が惣一郎さんの死を乗り越えるという実質的な最終話と言えるかもしれない。

『めぞん一刻』新装版 15巻 186~188p
(C)高橋留美子/小学館

『めぞん一刻』新装版 15巻 189~190p
(C)高橋留美子/小学館

『めぞん一刻』新装版 15巻 191~192p
(C)高橋留美子/小学館

ふたりの子どもの名前は「はるか」

 最終話「P.S.一刻館」は、ふたりの結婚式(この日も桜が舞っている)、主要キャラクターの後日譚、そして最後に響子と五代の子どもが産まれる様子が描かれる。これまた桜の舞うなか、誕生した長女の名前は「春の香りではるか」だ。

 最後のカットは、響子、五代、はるか、一刻館の住民、そして桜。登場人物たちのまわりを舞う桜は、惣一郎さんが優しく見守っているようにも見える。

 そう考えて全編における桜のシーンを思い返すと、惣一郎さんは「桜」という姿に変えて、遠回りしながらも前に進もうとする響子と五代をずっと優しく見守ってきたように思えてくる。

『めぞん一刻』新装版 15巻 222p
(C)高橋留美子/小学館

「桜」の描写を追いながら、そして惣一郎さんのことを想いながら『めぞん一刻』を読むと、より温かく、登場人物たちが力強く生きようとする作品に感じられるはずだ。

 本作を何度も読んだ人も、まだ読んだことのない人も、ぜひこの暖かい春の季節に手に取ってみてほしい。

文=金沢俊吾

『めぞん一刻』新装版 15巻 222p
(C)高橋留美子/小学館

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