恋愛初心者バリキャリ女子×好物件男子の偽装婚約!?『婚約者は溺愛のふり』

文芸・カルチャー

更新日:2022/6/3

婚約者は溺愛のふり
婚約者は溺愛のふり』(仲野えみこ/白泉社)

 恋愛に損得勘定をもちこむのは無粋にも不誠実にも思われがちだが、お互いに利害が一致した関係というのは、実は感情だけでつながるよりも、よほど強固な信頼で結ばれるんじゃないかという気もする。『帝の至宝』の仲野えみこ氏が描く最新作『婚約者は溺愛のふり』(白泉社)の主人公、ジャハリー家のラチエルがアウレシア家のファハドに求婚したのは、完全に財産目当て。一人娘のラチエルが財務担当としてキリキリ働かなければいけないほど困窮した家を救うためには、政略結婚をするしか道は残されていなかったのだ。

 ファハドの商人としての手腕は確か、誰もが見ほれる美形で人当たりもよく、社交場ではいちばん人気の人物で、しかも次男という好物件ゆえ、狙っている女子も多い。そんなハイスペック男子にラチエルが狙いをさだめたのは、なにも高望みをしたからではない。あまりに恋愛が不得手すぎて、独身男子には片っ端からフラれてしまい、残っているのがファハドしかいなかったからだ。ところがダメもとで突撃してみたらまさかのOK。ラチエル以上に複雑な事情を抱えた彼は、彼自身のためにも自力で婚約者を見つける必要があったのだ。ラチエルが自分のことを好きなわけではない、と知っているからこそ、あとくされなく手を組めるというわけである。

 だが、そうは言っても、しだいにお互い惹かれあってしまうのが少女マンガのお約束というもの。ラブラブカップルを偽装しつつ、あくまでビジネスライクに勤めを果たそうとするラチエルと、そんなラチエルをからかうように、あきらかに恋愛経験豊富な態度でスキンシップを仕掛けてくるファハド。その偽装が少しずつ本物になっていく過程が非常にこそばゆい(つまり最高)。

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 今のところラチエルとファハドに明確な恋心が芽生えた様子はないけれど、盟友としての絆は確かに深まっている。それはどちらも、自分の利益を得るために、相手から一方的に何かを搾取しようとはしていないからだ。足りないものを補うために相手の力を借りるからこそ、その厚意にみあうだけの誠意でできることを尽くそうとする。ギブ&テイクの対等な関係が積み重なることで、相手の能力に対する信頼感だけでなく、人柄への好感度も高まっていく。それは人と人とが関係を構築するうえで、理想的な基盤ではないだろうか。

 とはいえあまりにビジネスライクだと、なかなか甘えを見せることができず、ひとりで頑張りすぎてしまうことも。とくに恋愛経験皆無で、誰かに頼る・甘えるということをせずにきたラチエルは、どんな窮地に立たされても、ファハドに迷惑をかけず自力で解決しようとする。だからファハドは、ラチエルを守りたいと思うのだ。彼女が弱いからではなく、強いからこそ、手を差し伸べたくなる。それはきっと、ラチエルも同じ。ひとりで抱え込んでいる重たい荷物を、一緒に持ちたいと願う心が、2人の心を近づけていく。

 ファハドの父親の愛人で、ファハドの命を狙っている元婚約者と“友達”になってしまったラチエルは2巻以降もさまざまな窮地に立たされるだろうが、2人がどのように乗り越え手をとりあっていくかが楽しみである。

文=立花もも

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