『やがて君になる』の仲谷鳰、最新作! バグだらけの世界で、“わからないもの”をわかろうとする人々の日常とは

マンガ

更新日:2022/6/15

神さまがまちガえる
神さまがまちガえる』(仲谷鳰/KADOKAWA)

“わからないもの”をわかろうとするのは、決して容易なことではない。咀嚼して理解する作業は骨が折れるし、生理的に受け付けられないものだってあるだろう。では、“わからないもの”をわからないままで放置してしまっていいのか。

 女性同士の恋愛を柔らかな筆致で描いた『やがて君になる』。この作品はテレビアニメ化もされ、著者の仲谷鳰さんは一気に注目を集めた。そんな仲谷さんの最新作がついに発売される。それが『神さまがまちガえる』(仲谷鳰/KADOKAWA)(KADOKAWA)だ。そして本作で描かれるのが、“わからないもの”だらけの世界である。

 主人公は、男子中学生の紺。彼はシェアハウスに住んでおり、明るいフリーターの石橋恒成(いしばし・こうせい)、映像を勉強する大学生の伊与田英(いよだ・あきら)、会社員の円子飛鳥(まるこ・あすか)、大家をしている姫崎かさね(ひめさき・かさね)の4人と賑やかな日々を送っている。と、この設定だけを読むと、多様な人物が織りなす日常系マンガという趣が強い。しかし、舞台となる世界に“ある特殊な設定”が加えられていることで、本作は唯一無二の魅力を放っている。

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世界はいつも
どこかが
おかしい

 紺のこの言葉通り、彼らが暮らす世界は、ちょっとだけ変わっている。

神さまがまちガえる

 たとえば第1話で描かれるのは、世界中の植物が異常繁殖し、どこもかしこもまるでジャングルのようになってしまった様子。しかし、紺たちは特に慌てる素振りを見せない。それはなぜか。この世界は周期性例外事象(通称:バグ)と呼ばれる事象に見舞われており、非日常的な出来事が日常的に発生するから。過去にはすべての人間が突然迷子になってしまったり、一日が27時間になったりしたこともあるという。まさに摩訶不思議な世界だ。そんな世界で起きるバグをかさねは研究しており、そして紺は助手を務めている。

 では本作ではそういったバグの原因を究明するさまが描かれていくのかというと、そうでもない。かさねが研究するのはバグ自体ではなく、バグの影響を受けたときの人間の行動だ。だからかさねは、異常な状況下においても常に冷静で、そこで生きる人たちや営みを見つめ続ける。というか、かさねはバグについて「わけわかんないところが好きなんだよ」と評し、ただただ楽しんでいるようにも見える。

 そんなかさねに、紺は問う。「わかんないのに研究するの?」と。対するかさねの答えは……。

神さまがまちガえる

わからないものを
わかろうとすることを
止めてしまったら
おしまいさ

 現実世界ではバグなど起きない。かさねや紺が直面するような、摩訶不思議な現象に世界中が見舞われることだってない。それでも、“わからないこと”はたくさんある。それはカルチャーの違いによるものかもしれないし、他者との関係のなかで生じるものかもしれない。とにかく、現実世界だって“わからないもの”だらけだ。でも、それをわかろうと努力するからこそ、国と国、人と人は結びつき、相互理解を深めていくのだろう、と思う。かさねの言葉通り、「わかろうとすることを止めてしまったら」その時点で「おしまい」なのだ。

 ジャングル騒動が落ち着いた第2話では、「人間が空を歩けるようになる現象」が起こり、第3話では「学校の階段がバグによって一段増えてしまう」。そして人々はバグに振り回されていく。しかし、かさねだけは例外だ。なんと彼女はバグの影響を受けない体質の持ち主で、みんなが空を歩いているときも、ただひとり、それを地上から見上げる。

神さまがまちガえる

 かさねは世界で唯一、人間に干渉するバグの影響を受けない。

 それをどう捉えるのかは読み手次第だが、ぼくは少しだけ、かさねが寂しそうに見えた。どんなに頑張っても、みんなと一緒にはなれないのだ。でも、だからこそかさねはバグを愛し、研究者としてその現象を観察するのかもしれない。

 非日常的な世界を舞台に、そこで暮らす人々の日常を描く本作。読んでいて心地よくなる作風だが、そこには現実世界に対する強いメッセージが込められているとも感じる。わからないものを、わかろうとする。誰もがかさねのように生きられたら、きっとこの世界は、もっともっと希望とやさしさで満ちていくのではないだろうか。

文=五十嵐 大

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