宝物を捨てた日/オズワルド伊藤の『一旦書かせて頂きます』㊱

エンタメ

公開日:2023/6/30

オズワルド伊藤
撮影=島本絵梨佳

 僕には宝物がある。というよりいる。月並みにはなりますが、芸人を始めてからお互いにしんどい時期を見てきた芸人たちである。彼らの存在はなにものにも代えがたい。僕は彼らお笑い芸人が大好きなの。その中でも、あまりにも一緒にいすぎて、もうそいつのことを宝物とはっきり口にしてしまうくらいの芸人がいる。

 その男の名前は、演芸おんせんの矢巻。

 彼は伊藤あるところに矢巻ありと言っても過言ではない。マセキ芸能社の芸人である彼は芸歴的には1つ上なのだが、あまりにも一緒に飲みに行っていたのと、年齢的には僕の方が1つ上ということもあり完全に同期としての付き合いをしている。まだ僕がアルバイトをしていた時矢巻には死ぬ程奢ってもらっていたので、今では『一生奢ってあげる券』を差し上げた次第である。

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 彼とはきっとこの先も長い付き合いになるだろうし、彼ほど気を許せる人間もそうそう現れないと思えるほどの存在ではあるのだが、僕は本当につい最近、この宝物を自らの手で捨てかけた。いや、あの日捨てざるを得なかったのだ。

 それは約2週間前。僕と矢巻の共通の友人に、ALIというバンドでギターを担当しているセザーという男がいる。名前と見た目こそ完全に異国も異国なのだが、神戸生まれ神戸育ちの気のいい兄ちゃんであり、一度僕がフェスのMCを担当させて頂いた時に知り合い、そこからは友人としてお付き合いさせて頂いている。何度か飲んでるうちに、同席していた360度全方位対応型コミュニケーションマシーン矢巻もセザーとは友人関係を築いていた。本当に矢巻は誰に会わせても平気な男なのだ。

 そんなセザーから「よかったら僕の誕生日会にいらっしゃいませんか?」という連絡が届いた。もちろんふたつ返事でYES。日付をまたぐギリギリの時間にはなってしまうが、同じくセザーと面識のある後輩芸人の、とんかつ街道の村田とアメリカンBBチキンの杉本、矢巻と僕の4人で向かわせて頂きますと返信した。僕はこの時点でこの4人は無敵の4人だと思っていた。

 そして誕生日当日。大阪から東京に帰還した僕は、みんなと合流してタクシーに乗るために新宿に向かっていた。待ってろよセザー。今から俺たち無敵の四天王が三軒茶屋目掛けて爆進するからな。お笑い芸人登場だよばかやろう。僕らの到着を心待ちにしているだろうセザーに向けて、僕は心からのテレパシーを送った。

 新宿に着いて村田と杉本と合流した時に、「前の仕事が遅れてるからあとから合流する」と矢巻から連絡が入った。主役はあとから登場するってか? 頼んだぞ宴会隊長。そうして僕と村田と杉本は先に3人でセザーの誕生日会へとカチ込んだ。

 三軒茶屋に着き、お待たせしましたと言わんばかりに会場であるbarに足を踏み入れた瞬間すぐに違和感に気付いた。むしろ最初からわかっておくべきだったのだろう。セザーは正真正銘イケてるバンドのギターであった。普段我々と遊んでいる時のセザーからは考えられないほどにイッケイケのメンツが集まっていた。それはそれはイッケイケ。受付の兄ちゃんから頂いた「そちらの個室でワンポイントタトゥーも入れられますので是非」というお言葉は、我々が雑魚であることを思い出させるのに2秒かからなかった。

 メインフロアに上がり、完全に場違いな我々はフロアの真ん中で異常な縦ノリに馴染めずに直立不動を決め込んでいた。どこもかしこもイッケイケ。我々はモッジモジ。唯一杉本だけが「こんなこともあろうかとネックレスつけてきて正解でしたわ」とか言っていた。それが少し頼もしく思えるほど我々はモッジモジだった。今思えば完全に考え過ぎだが、周りからのなんだあのイケてなすぎる3人はという視線をひしひしと感じた。時刻は間もなく24時となった時、フロアを盛り上げていたラッパーの方が、

「それではみなさん、愛すべきセザーの為に誕生日のカウントダウンお願いします! いきますよー! 5、4、3、2、1」

 なるべく大きな声でカウントダウンをしたのち、ラッパーの口から更にイッケイケな言葉が飛び出した。

「ハッピーバースデー! マザー●ァッカー!!」

 えっ? なんで? ハッピーバースデーマザー●ァッカー? 生まれた日にマザー●ァッカー? えっなんで?

 我々3人は限界だった。すまんセザー。我々はここにいていい人間じゃない。3人でこのタバコを吸ったら帰ろうと誓った最後の1本が消えかかったその時、入り口付近からヒップホップの間をすり抜けた「おーい!」という言葉が聞こえてきた。

 そこには、クロックスに蒙古タンメンのTシャツを着て首にタオルを巻いた金髪おデブ矢巻が我々に向けて大きく手を振る姿があった。

 我々は下を向くことしか出来なかった。矢巻は宝物である。それでもあの時あの瞬間、満場一致で「知り合いだと思われたくない」が爆発した。帰ってほしいと思った。こっち見るなと思ったのだ。

 結局矢巻を外に連れ出し、我々死天王は世界一落ち着くおつまみ梅水晶を食べに、吸い込まれるように居酒屋へと入っていった。あんなに大切な宝物を一瞬で捨てたほろ苦い夜であった。一旦辞めさせて頂きます。

<第37回に続く>

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オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019、2020、2021ファイナリスト。


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