SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第29回「有名人」

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更新日:2023/11/28

 私は有名人ではない。

 もうこの入りからして、卑下であっても謙遜であっても、なんだか嫌味ったらしいので私だったら読むのを止めるが、これは一つの事実として、または自戒に近いものだと思って受け止めてほしい。

 読めばわかるから。ね。

 そりゃおかげさまで、ありがたいことに声を掛けたりしてもらえるようになった。今までは奇声を上げて街を側転しながら動いていたとしても(例えば)、見向きもされなかった。しかし最近は、電車に乗っているだけで、道を歩いているだけで、ご飯を食べているだけで声を掛けてもらえるようになってきた。ただ乗って、歩いて、食べてるだけでも喜んでくれる人がいるなんて、それはやはり、すごく光栄なことだと思うのだ。

 そんな一つ一つが、私の活力になるし、生きてきた時間が肯定されるような気にさえもなる。だから感謝の意を込めて、一つ一つに応じたいと思うのだ。急いでたり仕事してたり団体行動してるときは、うまく対応出来ないこともあるけど、出来る限り。

 もちろん、この話は基本的に私が受け身であるという前提にある。「あれ、もしかして僕のこと知ってますか」とか話し掛けたり、「どうもご存知、私です」と言って手を握りに行ったりはしない。しかし、嬉しさ余って、能動的になってしまったのが先日の話だ。大事なことなのでもう一度言っておこう、私は有名人ではない。

 

 その日は友人と飲みに行く約束があった。一日の仕事を終えて、荷物を置くために一度帰宅。すぐ出発するには早い時間ではあったが、本に没入したり、別の仕事に集中できる程の時間はなかった。なので数駅先の待ち合わせ場所まで、ふらふら歩いて向かうことに決めた。

 汗ばむこともあった昼間が嘘のような穏やかで涼しい風が、目の前を通り抜けた。自動販売機でコーヒーを買ってのんびり歩く。急ぐ必要のない移動時間は心が穏やかになる。夜に染まりそうな街の喧騒さえ、どうにも気持ちの良い時間だった。

 左手に歌舞伎町のネオンが見えると、見慣れた、しかも安心する環境である。だんだん道ゆく人の数が増え始めたが、自分のペースで歩くことは得意なので、すいすいと進んだ。すると視界の端に見覚えのあるものが飛び込んできた。私は足を止めて繁々と見つめた。それはSUPER BEAVERのグッズTシャツだった。しかも最近のやつだ。どんな人が着ているのかと様子を窺うと、それは二十代前半と思しき男で、どうやら街頭で居酒屋か何かの客引きをしているようだった。

 のんびりと歩いてきた私の心は穏やかで、時間にもまだ十分な余裕があった。なので感謝の意を表するために、今日だけは能動的になってみようと思った。否、思ってしまったのだ。

 私は人の波を縫うように彼に近づき、あっという間に隣に身を寄せた。急なことで彼は驚くだろうが、きっと喜んでくれるだろう。私は彼の肩をトントン、と叩いた。振り向いた彼に向かって、言った。

「いつもありがとう」

 彼は動きを止めたままだ。突然のことに状況を処理しきれないのだろう。私は再び言った。

「いつもありがとうね」

 彼は首を小さく横に傾けて応えた。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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