【第十二食】町中華は絶滅危惧種か!? 大久保「中華料理 日の出」

更新日:2016/4/14

とある雑誌連載で知り合ったアラフィフのオヤヂ3人に、二回りも年下の編集者は尋ねた。「あなたたちは普段、何を食べているんですか?」。
オヤヂたちはもう半世紀も生きてきて、それなりにいろんなものを食べてきた。その中で、これは紹介しておきたいと思える自らの「食堂」に青年を連れて行く。店に入れば、一口食べれば、それ以上の情報などいらないと信じて。
いつものように、肩の力を抜き、愛するメシをただ食べる。紹介者の思いは同行者たちの胸を打つのだろうか。青年はそのとき何を思うのか。

【オヤ食巡礼者】

北尾トロ●ライター、猟師。各地に点在するうどんチェーン、カツ丼やオムライスがメニューにある町の中華屋に入り浸る。狩猟を始めて山の肉をガシガシ研究中。

日高トモキチ●漫画家、大学のセンセー。ジャンクフード全般をこよなく愛している。塩分、カロリーに気を使いつつ順調にカラダが丸くなってきた。

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カメラのハラダ●カメラマン。野球は巨人、ロックは矢沢。男臭いのが好きで、好物はラーメン。旨いと聞けばストーンズ聴きながらどこへでも駆けつける。

K青年●編集者。20代ながら、酒の飲み過ぎで内臓に不安を抱え、カロリー制限を受けている。立場的にオヤヂたちのカジ取り役だが、それは最初からあきらめ、連れまわされるに任せようと決めている。

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「探検隊を結成して、やたらと中華店に行きまくっているらしいですね。メンバーは何人いるんですか?」

10名くらいかな。もともとは友人のライター、下関マグロとふたりでときどき行っていたんだけど、それだとペースが上がらない。減ったとはいえ町中華はまだまだ多いのだ。

「普通にありますもんね。町中華が絶滅危惧種になると聞いてもピンとこないですもん」

私も当初はそう思った。減るとしても徐々に、時間をかけて衰退するのだろうと。でも違うのだ。町中華の店主は60代以上が主力で、70代の店主が奥さんとやっているような店が多い。80代でがんばってる店なんて、鍋を振る店主の動きがおぼつかなくなってきてるからね。

「跡継ぎはいないんですか」

いない。いてもやらせない。昔みたいにもうかる商売じゃなくなったからと口を揃えて言うね。それは仕方のないことだけど、じゃあ町中華に魅力がないのかとなるとそんなことはない。この世界は創業30年くらいじゃ新しいほうで、40年、50年クラスがごろごろしてる。建物もいい感じで古び、テーブルや椅子は使い込まれ、それでいてレトロではなく現役感がある。まさに円熟期。おもしろくないわけがないのだ。

「最近は中華のチェーン店もあって、そっちの方が安いし、どこでも同じものが食べられるし、町中華はいらないんじゃない」

お、そうきますか。ハラダはチェーン店が大好きだもんな。いつか青森に一緒に行ったときも、地元の居酒屋に行った後、ひとりで吉野家に行ったのには驚いた。

「青森の吉牛チェック!」

「同じですって全国どこでも」

「私も四国でわざわざ朝マック行きましたからハラダさんの気持ちはわかる」

「同行者として、ふたりの行動原理が理解できません」

「まだまだ若いね」

意味がわからん。ハラダと日高さんは財布の残り金を確かめながら町中華の扉を開けた経験がないのか。

「あります。学生時代はアパート近くの店でよく食べました。大学では学食。あの頃は安くて腹いっぱいになれるのが先決でしたよね。ただ、社会人になってからは町中華に行く機会が減りました」

「オレは実家にいたせいか町中華ってあまり行った記憶がないんだよね」

「ボクの学生時代はチェーン店だらけで、中華屋で定食ってパターンはなかったですね。中華を食べるというとどうしても」

「ラーメン屋でしょう!」

ラーメン専門店の流行も町中華の衰退に拍車をかけたのは間違いない。にしても、3人の町中華に対する態度が冷たいのはどうしてだ。話しているうちに理由がわかってきた。それほど安くはない、それほどうまくもない、それほど味わいがない、である。う~ん、町中華探検隊隊長として彼らの偏見を取り除く必要があるな。

「ここです。『中華料理 日の出』の清々しい看板を見ただけでいい予感しかしないだろ」

「都内屈指の店と推薦するだけあって貫禄ありますね」

「メニューが山ほどあります」

「中華屋なのにカツ丼もあるのはなぜだ!」

だから、それが町中華なの。中華を名乗りつつ和食も洋食も取り入れる。オムライスやカレーを扱う店が普通に存在します。昭和27年に戦後の配給制が解け、ようやく自由に商売ができるようになった時期、製麺屋が積極的に営業してラーメンが人気になった。それに乗じて開業した町中華屋が多いので、中華へのこだわりというより、中華をメインとした食堂の色合いがあるんだね。店主も洋食屋のコック出身の人が多かったりする。そういう成り立ちが特殊性を生み、店のバラエティを広げたのだ。ここのご主人も洋食屋で修業したので、開業時から当たり前のようにオムライスなどのメニューがあったそうだ。

「何にするか迷うな」

「餃子はつまみに欠かせないし、カツ煮もいいですね」

「オムライスは行っておきましょう」

好きなだけ頼むといいよ。味は私が保証するから。

「バンバンジーも注文しましょう。あとカレーは食べてみたいかな」

「飾られてる色紙がすごいですね。人気声優が勢ぞろいです」

ここにはルフィ丼なるメニューがあるのです。声優がこの店を好きで、要望に応えて開発されたもの。あんかけ炒飯なんだけどね。女将さんによると、これを食べるために声優のファンがわざわざやってくるのだとか。

「アニメファンは聖地巡礼するんですよ」

それもあって、ここはオヤヂ客をメインとしつつ、若い人も多い。前にきたときはカップルがやってきて仲良く食べていた。彼のほうが近くの専門学校に通っていて、ここでよく食べてるからと連れてきたのだ。ジャージャー麺食べてたな。

「よく覚えてますね」

少しもらったからね。

「おっさんが若者の食べ物を奪ったんですか。ひどい話です」

違いますって。喋っているうちに、何度かうまそうだなと言ってたら、一口どうですかと言われたのだよ。

「それが奪うということです」

オムライスでお返ししたよ。私が言いたいのは、そういうことが起きるのが町中華だということなのだ。  と、隣に座っていた5人組の客に声をかけられた。友人が出演するライブを見に行く前に立ち寄ったそうだ。すでに出来上がっているのか、やたらとフレンドリーで、どこの店が良かったとか、日の出は何食べても安くてうまいとか、町中華マインドあふれる会話が続出する。  日高よ見たか。この感じが日の出らしさなのだ。

女将さん「うちはいつもこんな調子でね、お客さんに支えられてます。こんなにメニューが多いのも、あれ作ってこれも作ってとリクエストされてるうちに増えちゃったのよ」

お客さんと談笑する女将さん

ニラレバー炒め 500円

とり唐揚げ(4個) 350円

焼ギョーザ 350円

ホッピーに合うカツ煮

バンバンジー 700円

「女将さん、餃子イケます。これは酒が進んじゃうな。食堂でもあり居酒屋も兼ねている。最近、チェーン店での飲みが流行っているけど、とっくの昔からやってるんですね。いやー町中華いいじゃないですか」

「居心地がいいです。今後も個人的に利用したい。ここは覚えておこう。でも、トロさんの調査ではこういう店が減ってると。イカンことですね、大事にしないと」

ようやくわかってもらえたようだな。撮影はそのくらいにして食べようよ。ハラダの分は残してあるから。

「いただきます」

カツカレー 700円

五目チャーハン 750円

オムライス 650円

ホッピーセット(白・黒) 380円

にぎやかだった先客がライブ会場に向かい、女将さんは後片付けに入った。私と日高、Kは満腹。もう何も入らず、箸を動かしているのはハラダひとりになった。ふたりからは、すでに満足の言葉を得ることができ、連れてきた甲斐があったと喜んだが、ハラダはどうなのだろう。

「どうよ、50歳オーバーにして町中華を本格体験した感想は」

「……」

答えがない。ただ箸が動くのみ。

「うまいとか、まずいとかあるでしょ。遠慮はいらんよ」

「……」

 なぜだ、なぜ黙り込むのだ。  だが、私には察しがついている。4人で会う用事ができたとき、そのついでに飯を食うことをしてきたわけだが、ハラダはそこに過剰な思い入れがないのだ。でてきたものをただ食べる。絶賛することもない代わりに文句をつけることもなく、黙々と食べ、決して残さず、終わったら静かに箸を置く。食事とはそういうものではないかと、この男は無言で語っているのかもしれない。私はそこに原田家が施した昭和男への躾を感じ取る。言葉にはならなくても、町中華の良さは伝わったと信じよう。  日高よ、ハラダよ、町中華探検隊はこの昭和テイスト香る愛すべき町の食べ物屋が消える前に、文字や写真、イラストに残していきたいと思う有志の集まりだ。その意志さえあれば職業年齢問いません。いまなら無条件で入隊可能。だからどうだ、一緒に町中華をめぐってみないか。都内だけでも未入店は山ほどあり、食べるだけではなく歴史からメニューまで研究テーマはたくさんある。楽しいぞ。私なんか町中華に行かない週はないぞ。

「……」

たとえば炒飯ひとつ取っても店によって微妙な味の差があり、パラパラ飯派なのか湿り飯派なのかによって店の考え方までが推察できるという、研究欲を刺激してやまない奥深さがあるのだ!

「……」

再びの沈黙。しかし、ふたりには笑みが浮かんでいた。そこは興味ないが町中華は悪くなかった。そういうことなのだろう。大量の皿には米粒一つ残されていない。  日高が上着を着こむ。ハラダがカメラバッグをかつぎ席を立つ。

「お会計お願いしまっす!」

いつの間にか暗くなった道を、いつものペースで男たちは歩き始めた。

ごちそうさまでした。

中華料理 日の出/JR大久保駅から徒歩3分

住所:東京都新宿区百人町1-24-10
電話:03-3371-3433

文=北尾トロ 写真=原田豊 イラスト=日高トモキチ

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