Amazonによる取次外し? 電子書籍との関係は?「正味」を巡る駆け引きがもたらすもの

社会

更新日:2018/10/26

 最近アマゾンで「在庫切れ」の表示を目にする機会が増えたように感じるのは筆者だけではないはずだ。実はこの背景には、出版社・取次とアマゾンとの「駆け引き」が影響を与えていると言われている。

 2月1日に日本経済新聞が「アマゾン、出版取次外し加速」というセンセーショナルな見出しのニュースを報じた。取次大手の日本出版販売との取引をさらに縮小し、大日本印刷・凸版印刷といった大手印刷会社から直接書籍や雑誌を調達するというのだ。

 このニュースのもつ意味を理解するには、書籍が私たちの手元に届くまでの流れ(流通経路)を振り返っておく必要があるだろう。通常、出版社が刊行する書籍は、一旦取次が仕入れ、それを全国の書店に流通させる。

advertisement

 取次はいわば本や雑誌の問屋であり、商品を仲介する際、手数料を得る。この手数料を差し引いた仕入れ額を、業界では「正味」と呼んでいる。出版社や書店との取引条件は様々だが、出版社が取次に商品を引き渡す際には、その料率は69%前後、取次が書店に引き渡す際には77%前後とされてきた。

 紙の本・雑誌は再販制度のもとにあり、定価販売が義務づけられている。まだ電子書籍が一般的ではなかった1996年には紙の本だけで1兆930億円という大きな市場規模があった本や雑誌は、再販制度による定価販売と、取次による安定した流通によって支えられてきた。

 しかし、インターネットやスマートフォンの普及によって、そのエコシステムは大きく揺らいでいる。本連載でも繰り返し紹介しているように、出版市場規模は、ピーク時の半分まで縮小し、書店数も減少を続けている。取次も出版社に対して従来通りの取引条件を維持できなくなっており、出荷する点数を絞り込んだり、条件を見直したりする動きが相次いでいる。

 そんな中、注目されているのが、アマゾンによる出版社との直接取引の動きだ。アマゾンは書籍だけでなく、DVDやゲームなどを販売したい事業者に対して、9000円の年会費でアマゾンが倉庫で在庫を預かり、注文時には発送を行うという「e託」という仕組みを用意している。

 アマゾンは従来、書籍の多くを日販から仕入れてきたが、この取引を縮小させている。昨年6月には「日販に在庫がない書籍は取引を打ち切る」という方針も打ち出した。「アマゾンで本を買おうとしたら、在庫切れと表示された」という経験をした読者は少なくないはずだが、その背景にはアマゾンが取次からの調達を絞り込んでいる、という状況がある。

 上の表で示されているように、アマゾンは直接取引の掛率=正味を60%としている。他の書店と同様の掛率であれば、これまで取次から既に約70%ともされる掛率で商品を仕入れていたところを、60%で仕入れられるようになるのだから、アマゾンとしては直接取引を拡大したいのはごく自然だ。業界では、この直接取引=e託の採用を出版社に促すために、日販からの調達を絞り込んでいるのではないか、という見方が一般的だ。実際、60%以上の掛率をアマゾンから提示されている出版社もあるという。

 一見、直接取引は、私たち消費者にもメリットがあるようにも見える。従来の仕入れを絞り込んだ影響が大きいが、在庫切れ→取次へのバックオーダー→商品の到着までには、数日を要していた。印刷会社からの納入であればこのタイムラグを小さくすることができる。また、出版社にとっても正味はあまり変わらないものの、販売機会の損失を小さくできるというメリットは無視できないはずだ。

 しかし、この流れを警戒する見方も根強い。中小・新興の出版社が会員となっている一般社団法人・日本出版者協議会は、2016年に会員社に対して慎重に検討するよう呼びかける声明を出した。大手出版社に比べて、厳しい取引条件が提示されることが多いこれらの出版社にとっては、一見アマゾンとの直接取引は魅力的に映るが、この条件が今後も維持されるとは限らないからだとする。

アマゾン「e託取引」と再販制: 日本出版者協議会

 たしかにアマゾンに限らず、GoogleやFacebookなどでもプラットフォームとしての地位が確立すると、ユーザー重視の名の下に、取引条件を厳しく改定する動きは、これまでも前例がある。従来の取引を絞り込んで、「品薄」を演出し、一時的にユーザーの利便性と販売機会を下げることで、直接取引を働きかけているとすれば、アマゾンの「交渉」は非常に巧みなものとも言えそうだ。電子書籍プラットフォームKindleも抱えるアマゾンは、たとえ紙の本が品薄でも、電子書籍への誘導も図れる。そして、電子書籍の分野では人気の定額制サービスの利用を促すこともできる、という具合に、2重3重の顧客囲い込みのツールが用意されている。

 ただ、ここで忘れてはならないのは、書店はアマゾンだけではない、ということだ。1強のプラットフォームが確立することが、必ずしもそこに参加する事業者や私たち消費者の幸せにつながるとは限らない。他の分野と同様、本や雑誌の流通においても多様性があり、適度な競争があったほうが良いはずなのだ。

 アマゾンでよく目にするようになった「一時的に在庫切れ」の表示の裏側では、実は正味を巡ってのこのような駆け引きが展開されていることを思い起こしてみてほしい。

文=まつもとあつし

【関連記事】

電子コミックの売上、前年比17.2%増。伸び率は縮小… 出版不況の正体とは?
好評だけど高すぎるKindle Oasis——電子書籍専用端末の未来はあるのか?
書店のない自治体が2割に――本との「出会い」はネットや図書館へ
Kindle Unlimitedとはどう違う? 開始の狙いとは?――Amazon.co.jpの中の人に聞く「Prime Reading」

<プロフィール>
まつもとあつし/研究者(敬和学園大学人文学部准教授/法政大学社会学部/専修大学ネットワーク情報学部講師)フリージャーナリスト・コンテンツプロデューサー。電子書籍やアニメなどデジタルコンテンツの動向に詳しい。atsushi-matsumoto.jp