ウォーレン・ムーア「夜のオフィスで」で描く、行き場のない恋心『短編画廊 絵から生まれた17の物語』②

文芸・カルチャー

2019/6/19

『短編画廊』本文より抜粋――“Cape Cod Morning”

ウォーレン・ムーア「夜のオフィスで」(訳:矢島真理)

 雑誌記者や音楽評論家を経て、現在はサウスカロライナ州のニューペリーカレッジで英文学教授をしているというウォーレン・ムーア。彼が描き出したのは、「夜のオフィスで」。書類に目を落とす男と、その様子を見つめる女。夜のオフィスにいる2人の男女の姿から、ウォーレン・ムーアは、女がこのオフィスで働き始めた経緯を想像し、物語とした。田舎の両親の反対を押し切ってニューヨークにやってきた女性。だが、この物語はそれだけでは終わらない。行き場のない恋心。胸を締め付けられるような切ない展開。クライマックスのシーンの美しさは、きっと誰の心の胸にも響くに違いない。

『短編画廊』本文より抜粋――“Office At Night”

 机の上の書類にウォルターが眼を通しているのを、マーガレットは見つめていた。すぐ近くを列車が通り過ぎる音が聞こえる。窓のロールスクリーンのひもが揺れたのが、列車の振動のせいなのか、それとも窓からはいってくる風のせいなのか、彼女にはわからなかった。振動も風も感じない。それどころか、お気に入りの青いワンピースが体の曲線にぴったりとはりつく感触さえも。彼女の眼にはウォルターしか映っていなかったが、ウォルターに見えているのは、デスクランプの灯りに照らされた書類だけだった。

 マーガレットが書類をファイル・キャビネットの抽斗の中にしまい、そのままフォルダーの上に腕を休ませてから、どれくらい経っただろう。人の一生涯くらい過ぎたように思える。そう考えてマーガレットは思わず微笑んだ。一生という時間の長さは、その人がどのくらい長く生きたかによって変わる。ウォルターとは生涯を共に過ごすことになるかもしれないと思ったこともあった。でもそれは、マーガレットが死ぬ前の話だ。

 マーガレット・デュポンという名前は、最後まで好きになれなかった。ジーンとかベティとか、女優のような名前ならよかったのに、なんでマーガレット? マルクス・ブラザースのコメディ映画に出てくる女にしか思えない。でも、彼女はそのままの名前で通した。そうせざるをえなかったし、ミドルネームのルシルよりはまだましだったから。未婚のまま若くして亡くなったおばにちなんで名づけられた名前だったので、ひょっとしたら縁起の悪い名前なのではないかとしばしば思わないでもなかった。ところが、祖母はマーガレットという名前がたいそう気に入っていた。十代の頃、いとこからこんな話を聞かされた。「おばあちゃんが強引で、おばさんは根負けしたらしいよ」確かに、病院のベッドに横たわっている母が、疲れきった声で言っているのが眼に浮かぶ。「ああ、わかった、わかったわよ。ええい、くそ。もう、マーガレットでいい!」でも、実際には声に出してはいないだろう。母は人前ではけっしてそういう話し方はしないから。歩きたばこも絶対にしない。レディらしくないことはしないのだ。

 それなのに、マーガレットはレディらしくない少女だった。母と何週間も口を利かないことが幾度となくあったのは、おそらくはそれが原因だろう。母は小柄だが、マーガレットは父親に似て大柄だった。父は九歳の頃には耕作用のスキを曳けるほど体が大きくなり、そのために学校にも行かなくなった。母はそれより二年くらい長く学校に通い、数年後に父と結婚して町に移った。間もなくして、二番目の子供で末っ子のマーガレットが生まれた。あまりにも大きな赤ん坊だったために母はあやうく死にかけたそうで、その話はしょっちゅう聞かされた。

 マーガレットは年齢のわりに大柄だった――あだ名は“ラージ・マージ”。たいていの男子よりも大きかったが、それは病気になるまでのことだった。両親が医者から告げられた病名は猩紅熱(しょうこうねつ)。心臓の機能が低下して体の成長も遅くなったが、幸いにもその程度ですんだ。誰もが生き延びられるものでもなかったけれど、彼女は生にしがみついた。そうせざるをえなかったし、ほかに選択肢があるなんて考えてもみなかった。体の成長は遅くなったといっても、身長はすでに百八十センチを超えていた。いったい全体どこに、そんな巨大な女を好きになる男がいると言うのだ。そのうえ病欠で一年留年したため、高校では同級生たちよりも一歳上で、必然的に体格も大きかった。ラージ・マージのあだ名にふさわしく不器用だった彼女は、学校のダンスパーティーでひざの関節をはずしてしまったことがあった。ただ、ひざがはずれた痛みよりも、体育館の床にぶざまに転がった恥ずかしさのほうが、痛みとしてははるかに大きかった。

 でもマーガレットは勉強ができた。両親の言いつけどおりに学校に通い、ちゃんと卒業した。夏休みや放課後には働き、両親が仕事に行っているあいだは家事をした――七歳上の姉はすでに結婚して自分の家庭を持っていた。マーガレットは絵も上手で、彼女の描いた絵が地元デパートの新聞広告にサイン入りで使われたこともあった。

 ただ、そんなこともグリーンズバーグの町では関係なかった。彼女はいつまでたっても“ヴァイオレットとアーニーの娘”であり、“大木”であり、“ヘラジカ”であり、“ラージ・マージ”でしかない。それ以外の者になれるほど、町は大きくはなかった。だから、マーガレットはもっと大きなところに行くしかなかった。

 母と父に街に行きたいと話したとき――街ということばの中に“ニューヨーク”という響きが含まれていることは、三人ともわかっていた――そんなことを言いだすなんて正気とは思えない、と母は反対した。それに対してマーガレットは、お金も貯めたし、女の子が安全に住めるところ――女性専用のバルビゾン・ホテルやホテル・ラトレッジ!――があることも調べたと反論した。しかし母は、街に逃げたいなんて言いだすような子は、娼婦になるかイタリア人と結婚するかのどちらかだ、と決めつけた。そのどちらの心配もいらないとマーガレットが言うと、母は娘の頬を叩き、部屋から出ていった。マーガレットはその場に立ちつくしたまま、母が部屋から出ていくまではけっして涙を流さなかった。そんな娘に父は泣きながら訊いた。

「アトランタじゃだめなのか?」

 マーガレットも泣いた。どこかもっと大きいところ――もっとチャンスがあって、作品をまとめたポートフォリオや絵を見たいと言ってくれる店があるところ――に行かなくてはいけないと言って泣いた。父は首を横に振りながら部屋を出ていった。歩いていくうしろ姿は、肩が震えていた。三日後、マーガレットは母とことばを交わすことなく家を出た。父とは話そうとしたが、そのたびに父は泣きそうになった。もう一度泣かれたら、家を出ていくことなどできそうにない。だから荷物をまとめて列車に乗った。見送ってくれる人は誰もいなかった。その晩かなり遅くなってから、十ドルのはいった封筒がスーツケースの中に押しこんであるのを見つけた。封筒に書かれていたのは「パパより」というひと言だった。

 ニューヨークまでの普通列車の切符は十ドル以上した。自分で貯めた金から、運賃もポーターへの二十五セントのチップも出した。ガタゴトと揺れる列車に三十時間くらい乗ったが(腕時計を買うのを忘れないこと! と自分に言い聞かせた)、まるで三十年のように長く感じた。食堂車でスープを飲み、残ったクラッカーをあとで食べるためにバッグに入れた。旅の二日目、同じ車両の若い兵士が笑顔で話しかけてきたが、マーガレットは何を言えばいいのかわからず会話に困った。そもそも、男性が自分に話しかけたいと思うだろうか。大女で不恰好なこのラージ・マージに? 彼はオハイオのどこかで列車を降りていった。降りぎわ、有名なゲイジツ家になったら手紙を書いてくれと言って、住所がなぐり書きされたメモを急いで手渡していった。まだまだ先のことだけど、とマーガレットは礼を言った。とはいえ、彼とはもう二度と会うことはないだろう――オハイオを通り過ぎるのは一度でじゅうぶんだ。

 自分にもふさわしい人がニューヨークにはきっといるはずだ。マーガレットは、まだ見ぬ恋人に思いをめぐらした。父のように大きく、自分よりも背の高い人。ブロンドでやさしい声で、そしてもちろん美術が好きな人。だけど気をつけなければいけない。雑誌で読んだのだが、街には女を食い物にして捨てる男がいるらしい。そんなことになれば、グリーンズバーグに、母のところに戻らなければならない――でも今は考えないでおこう。

 いつの間にか窓に頭をもたせかけて眠ってしまい、マーガレットは車掌に肩を叩かれてハッと眼が覚めた。「お客さん、ペンシルバニア駅です。終点ですよ」顔を紅潮させながら立ちあがると、バッグを抱えて客車を降り、自分の荷物を受け取った――スーツケースと化粧道具入れ、そしてポートフォリオ。売店で地図を買い、バルビゾン・ホテルを探した。四キロくらい離れているようだったが、タクシー代に全財産を使い果たすわけにはいかない。彼女はセントラル・パークに向かって歩き出し、七番街を北上してそのあと東に向かった。

【短編画廊 イベント情報】
6月26日に本書刊行記念として田口俊樹氏×白石朗氏×池田真紀子氏によるトークイベント&サイン会が銀座 蔦屋書店にて開催される予定です。訳者3名をお招きし、本書魅力について存分に語って頂きます。詳細は以下よりご確認ください。(チケット数に限りがございます)

イベント詳細