「円形脱毛と豆腐屋のドラム缶?」『江戸秘伝! 病は家から』④

文芸・カルチャー

更新日:2019/11/25

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第四病】円形脱毛と豆腐屋のドラム缶?(市井の“町医者”六角斎の見立て)

 ここいらで、六角斎の妻(即ち私の祖母)イトのご紹介を。

 ほんに昔の女性の名前は二文字が多いこと。全くの私見ですが、理由は頭に「お」を付けて似合うか否か。おイト、おせん、お富士、おみつ……。何ともいい響きですね。このまま、彼女らを配した時代劇が始まってしまうような気分にさえなります。

 反対に、今時の女子に「お」を付けて似合わぬことといったら。あえて一例を。おみすず、おまなみ、おいづみ…、こりゃいかん。名前の変遷の面白さですね。

 さて、今回六角斎を訪ねたのは、そのイト婆さんの女学校以来の友人(S婆さん)とそのお孫さんの二人です。

 お孫さんはまだ女子高生なのに、頭の後ろがまん丸い形で2ヶ所も髪の毛が抜けてしまったらしく、恥ずかしいとニット編みの帽子姿。私がどれどれと覗き込むわけにもいかず、神妙に六角斎の斜め後ろに控えていました。(やっぱりお医者ではストレスが原因、の一言でかたずけられた模様。毛生え薬も効き目なしとのこと。さあどうするの、六角斎。)

 六角斎が口火を切ります。

 「そちらのご家業は何をなされておられるのかな?」

 「はい、うちは昔から豆腐屋を営んでいます」

 「と言うと、イトから聞いてはいたが、最近とても大きなボイラー(湯沸かし釜)を入れたお豆腐屋さんとはお宅のことだったのかい?」

 「はい、息子がスーパーにお豆腐を沢山納める話を決めて参りましたので、思い切ってこの秋から大型ボイラーに入れ替えました」

 「では、そのボイラーを炊くためには、燃料に使う重油も沢山入り用となったでしょう。まあ商売繁盛で何よりですな。して、その重油を入れるドラム缶は普段は一体何処に置いてあるのかな?」

 (あー、また六角斎ときたら相談者の円形脱毛の悩みとは全く無縁のような、ボイラーとかドラム缶だとかを聞いてばかり。相談のS婆さんも呆れ顔だよ。)

 「人の背丈程ある大きなドラム缶が2本ですから、男衆がゴロゴロ回しながら裏庭の空いた所へ立てて置きましたけど」

 六角斎はまだ何かにこだわっているようです。

 「その裏庭は、どんな地面をしておるのかな? たとえば、固くなっている土とか、砂利が敷いてあるとか」

 「主人の趣味で、苔と芝生を一面に敷き詰めてございます。ドラム缶は2本とも芝生の上に立てて置きました」(その時、キラリと六角斎の目が凄みました。)

 「それじゃよ! これからお宅に戻って男衆の力を借りて、そのドラム缶をずらしてみてごらん。青々としていた芝生は、すっかりドラム缶の重さで窒息したように枯れてしまっているハズじゃ。おそらくお孫さんの頭の丸い2つの形どおり、ポッカリ丸く土の地面が現れているだろうね。つまり、髪の毛と家屋敷に生える草の関係性じゃよ。むやみに草を枯らしちゃいかんと云う知らせと考えることが出来れば、むしろお孫さんの頭でそれを気付かせてもらったともいえる訳さ」

 もちろん六角斎は、今後のドラム缶置き場は、すのこを敷いて草を枯らさない空間を作ることを、ていねいに教えていました。

 ひと月ほど経って、イト婆さんが豆腐屋に立ち寄ると

 「おかげさまで孫の髪も生えてきました。お宅のご主人に何とお礼を申し上げたら」

 と、食べきれないほどの豆腐、油揚げ、がんもどきを頂いたそうで、ご近所におすそ分けしたそうです。六角斎はといえば、気の合った友人らと伊香保の湯へとしばらく湯治に出掛けたそうです。

 実は、私はこの機会を待っていたのです。留守居のイト婆さんだけの家ならば、私にはどうしても見極めてみたい、或る桐の箱があるのです。それは、六角斎が日ごろ自身の書斎で書き物をしている傍らに、大事そうに置かれてある縦横50cm四方の案外大きな桐箱なのです。

 イト婆さんが台所なのを見計らって、いよいよ桐箱の上蓋を引き上げます。六角斎を六角斎たらしめる、一体何が現れるのでしょうか。今でも、半世紀前の自分の手の震えを覚えています。

 最初に出くわしたのは、古ぼけた油紙で包まれた円形らしき物体。そして…。

 ガビーン! その油紙の左隅には、何やら妙な文字が短冊紙に書かれて貼り付けてあります。所々かすれて読みづらかったものの、間違いなく『羅・須・部・斗・阿・炉』という六文字が散りばめられているのです。

 これは何を意味するのか。箱を開けた者への六角斎からの挑戦状? 謎は、深まるばかり。次回できっと明らかに。では、第四病「完」。

<第5回に続く>

我雅院久志(がびいん・ひさし)●江戸時代から続く商家の七代目当主。還暦を迎えた東京生まれの江戸っ子オヤジ。五代目当主だった祖父・六角斎のもとに、病に悩む市井の人々が日々訪ねてくることに気付き、その理由を探ることに。本連載がデビュー作となる。