「ここらで一寸とおさらいを。六角斎に詰問だ。」『江戸秘伝! 病は家から』⑥

文芸・カルチャー

2019/11/27

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第六病】ここらで一寸とおさらいを。六角斎に詰問だ。(市井の“町医者”六角斎の見立て)

 六角斎の手の包帯も外れたころ、どうしても確かめておきたい疑問をぶつけてみることにしました。それは六角斎の見立てていることって、もしかしたら何かの宗教の類いとは違うのかな、ということ。

 或る日、思い切って尋ねてみました。

 「ねえ、お爺ちゃんのやってる事って世間でいう宗教なの?」

 すると六角斎は、

 「そうか、久志は学校で道徳とか社会科を習うようになったので聞いてみたくなったんだね」

 と笑みを浮かべ、こう続けました。

 「答えは簡単さ。これは決して宗教なんかじゃないんだ。だって教祖様もいなけりゃ教義すらもないのさ。えっ? わしの家にやって来るいろんな人達は信者さんなの?と思うのかい。アハハ、久志のいう通り確かに色んな人達が訪ねてくるからね。面白いことに、ある人は仏教徒、別のお方は耶蘇教(キリスト教)だったり、こないだなんざ頭巾を巻いた回教(イスラム教)の夫婦も来たさ。わしの見立てが何かの宗教の教えだとしたら、そうした人達がそもそも来る訳がないし、耳など貸さんさ」

 (うーん、僕を子供だと思って上手く納得させた顔付きの六角斎だ。それじゃ、別の質問をしてみることにしよう。)

 「そもそも一介の商人だったお爺ちゃんの元に、体の不調を訴えて相談しに沢山の人が来るって一体どうして? その上、みんなお爺ちゃんのことを先生、先生って呼んでるよね。僕にわかるように話してもらえる?」

 うなずいた六角斎は、

 「そうだね、あえて位置づけてみれば“塾”といったところかな。幕末を例にすれば、浪花は北浜の適塾(緒方洪庵の蘭学・医学)や、久志も知っとると思うが、かの吉田松陰先生の松下村塾じゃよ。皆、その師を慕って集まって来ている。現代では○○簿記学校や△△そろばん塾かな。まさかじゃが、○○簿記学校に通っている生徒さんのことを○○簿記教、△△そろばん教という宗教の信者とは言わんだろうに。ただ純粋にその道の極意を修めたくて勉強しに来ているハズさ。病と家の成り立ちを知りたくて、こんないい加減な生きざまの‘わし’にさえ集まる面々があるとはな、不思議なものさ。アッハッハ」

 (うーん、一応六角斎の言う例え話は、子供の私にも理解は出来ました。では、改めて考えてみて六角斎が塾と称するところでの‘道の極意’とは何だろう?)

 すると、六角斎もそんな私の様子を察したのか、面白い話をする時のぐっと柔らいだ表情になりました。そして

 「久志よ、うちで飼っているマル(秋田犬、オス、7才)は、そのご先祖犬が‘おかげ犬’だったことを知っているかな?」

 ガビーン! 可愛いがってるマルを、六角斎お得意の妙ちきりんなウンチクで‘おかげ犬’とか言い出した。そのことと‘道の極意’がどう結び付くの?

 「久志よ、今は誰でも電車や車で旅が出来る。でも昔はお伊勢参りをしようにも、歩いては何十日も掛かるし何より路銀(旅費)がかさむ。落語の八つぁんや熊さんの懐具合じゃ、なかなかままならない訳さ。そこでだ! 今じゃ考えられないことだが、江戸から伊勢の神宮さんへ御札をもらいに行く自分らの代わりに、なんと飼犬を送り出す風習があったのさ。それもだよ、犬の胴体に小銭を入れた包みを巻いて送り出す。道中、見ず知らずの人々に犬の喰べた分の銭だけ取ってもらうんだ。帰りは頂いた御札も体に縛ってもらい、ちゃんと主の家までたどり着く。わしは、この‘おかげ犬’にまつわる人々の親切、優しさこそ日本人が世界に誇れる一番の逸話だと思うんじゃよ」(おっと、これには僕も感動!)

 続けて六角斎はこう言います。

 「誰しも‘おかげ犬’のエピソードをただ面白いと聞くのじゃが、ここにこそ病と家の関係を解く‘道の極意’のヒントがある。つまり、主人に送り出された‘おかげ犬’は主人の分身そのものだよね(人体と家の構造の同一性の気付き)。さらに長い道中をたった一匹で旅して目的を果たしたつもりの犬でよいのかな?(いやいや、行く先々で数え切れん程の人々が見守ってくれていたおかげで、目的が叶えられたわけだね)。これらから、人間は一人では存在し得ないし、あらゆるもののおかげで生かされていることを知るのが‘道の極意’を学ぶ上の第一歩だね」(うーん、成る程)。

 それはそうと、マルの犬小屋の屋根の辺りに小さな木札(余りに古くて字も読めません)が貼り付けられていたっけ。長旅をしたご先祖犬の勲章みたいだね。

 それから3年経ち、マルも寿命で昇天しました。てっきり裏庭の空いたところを掘って、愛犬を埋めて供養するのかと思っていたら、六角斎はどこかの業者を呼んでマルを引き取らせました。

 「どうして埋めなかったの?」

 と尋ねると、

 「いいかい久志よ、犬や猫の死骸を無闇に穴を掘って埋めると、家族の誰かのお腹に握りこぶし位の瘤(こぶ)が出来たりすることがある。それじゃ困るだろう」

 嗚呼、また何だか怪しい話になってきたところで今回はここ迄。第六病「完」。

<第7回に続く>