「昔に流行る病、今に流行る病、その違いたるを明示す。」『江戸秘伝! 病は家から』⑩

文芸・カルチャー

2019/12/1

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第十病】昔に流行る病、今に流行る病、その違いたるを明示す。(市井の“町医者”六角斎の見立て)

 漱石は‘猫’の家から徒歩で一高(現、東大)に講義へ。軍医総監たる鴎外は馬上にて陸軍省へ出向く。六角斎の住むここ本郷台地は、まさにのちの文人達(啄木、光太郎、雷鳥)を排出するインキュベーターたらんと欲したるや。

 しかるに我、一高のグランドでサッカーをして戻るや六角斎いわく「加賀前田様の土は破傷風の恐れ多し。注意すべし」と。(いかん、いつもの文体に戻らなきゃ)。

 季節外れの長雨と嵐が続いたあとに、包帯で顔や腕をおおって訪ねてきたのは、坂下にある質屋を営む大旦那Sさん。

 六角斎の前で包帯を解くと、顔も手も肌色の約半分は真っ白の肌。それも肌色と白色がまだらに入り組んで、ちょっと気味が悪い感じ。

 「こりゃ、白なまず(尋常性白斑)だなあ」と六角斎。

 「その通りで。これじゃ恥ずかしくて人に会えません。困ってます」とSさん。生まれつきでなく、あれよあれよと言う間にこうなったという。

 いつもならズバッと言い切る六角斎なのに、この日はSさんを話だけで帰しました。

 (こりゃ難しいのかな? それは○○である!と少しエラそうに言うのにどうしたのだろう)

 「一葉さんの方へ散歩に出ようか?」

 数日後、六角斎に誘われて坂下の方へ散歩。六角斎が成人前に、すでに樋口一葉さんは亡くなっています。まるで一葉女史の面影をたどるかのごとく、幾度か私を連れては菊坂、真砂町と路地伝いに歩いたものでした。

 ただし、今回は別の含みがあってのようで、どうやら六角斎は私に坂下のSさん宅辺りを見せたかったようです。お大尽の異名を持つSさんだけに、質草を預かる蔵が三棟も。塀は板塀でなく、ひさし付きの白壁が続く。

 と、六角斎

 「いいかい久志よ、足元をよーく見てごらん。何か気づかんかな?」

 言われて塀に沿った舗装されていない土の道に目を凝らすと、そこには粉々に崩れた白壁の漆喰(しっくい)が道一面に散らばっているではありませんか!

 ガビーン! これはまさにSさんの顔や手に現れている皮膚の状態そのもの。

 そうか、古い漆喰が先般の嵐で剥げ落ちて、道行く人たちの足で土と混ざり、全く同じ様相を持ち主の体に現わしたということか。案の定、六角斎もしたり顔だ。

 その後、事のてん末をSさんに説明して、本人も漆喰を掃除もせず公道を汚したままだったことを詫び入ったところ、少しずつ元の肌色に戻ってきたそうだ。

 すでに六角斎は、Sさんが訪ねて来て包帯を外した途端に、ははあ質屋の白壁が原因だなと察していたと言う。そして何よりも孫の私に、そうした現象があらわれている現場を確認することの大切さを教えたかったようだ。

 さらに、表題にした昔と今で流行る病に違いがあることを具体的に示すいい例だと六角斎は言う。

 すなわち、昔に‘白なまず’なる症状の人が案外いたのは、昔の町は漆喰の白壁が多かったわけだし、現代ではスチールやブロック積みの塀になり代わり、土(六角斎は、土や地面は人でいう体の皮膚に当たるという)の道も今ではアスファルトでしょ。食生活が欧米化したと言われるが、もっと肝心なことは、家の作りも欧米化、すなわち昔の木造から今は鉄筋コンクリート作りの家が主流となってる事。

 江戸の頃の長屋と、現代の高層マンションを比べてみると違いが色々わかると思う。それがこれからの君達に課せられた、未来への宿題だよ。と、一気にまくし立てられた。(おっと、こりゃ大変だなあ)。

 年の瀬になり、書斎を大掃除の六角斎が

 「久志、面白いものあげよう」

 と、古ぼけた一枚の大判の紙を手渡しました。漫画かな、それとも双六かな? 文字がなく絵ばかりです。サイコロやいろんな動物や刀……。うーん、降参です。何?

 「これはな、盛岡暦じゃよ。今のカレンダーさ。絵だけで文字は無いが‘判じ物’と言って、語呂合わせのようにして読み解くんだ。大切なのは左右の大小の刀の意味。太陰暦だから月の運行で農作業や生活を営んでいたのさ。例えば、‘六月小に豆喰えぬ’(小の月の作物の出来の教え)とか、暮らしの知恵だね」

 すると、横にいたイト婆さんが突然

 「たびはあねはけせつたはいもはけ」

 と声を挙げた。

 再度ガビーン! 皆目わからん、何かの呪文なの? 

 六角斎はアハハと察して、

 「これぞイト達おなごのための、うんちくじゃよ。足袋は姉履け雪駄は妹履けさ」

 「?」

 「つまり、足袋は洗うと縮むから大きめを買い姉さんから使い、雪駄は鼻緒がゆるむから小さめにして妹から。要は先の事を見越して物事に備えよと言うわけさ」

 こうしたことわざや例え話を、シャワーのように浴びまくって育った私という自分が、半世紀も経てばミニ六角斎の如しと言われるのも、さもありなんかな。で、第十病「完」。

<第11回に続く>