「美人薄命ならぬ寿司店主の職業病とは?」『江戸秘伝! 病は家から』⑬

文芸・カルチャー

2019/12/4

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第十三病】美人薄命ならぬ寿司店主の職業病とは?(市井の“町医者”六角斎の見立て)

 せっかく前回は庖丁のあれやこれを書き連ねたゆえ、今回はその庖丁を使って見事に寿司の技を披露する寿司職人の世界を、ちと覗いてみることに致しましょう。

 六角斎を訪ねたのに不在だったので、床の間でイト婆さんが花を生けてるところに座り込んで見入っていました。

 「それって何流の生け花?」

 と尋ねると、

 「あたしゃ若い頃に、京の‘嵯峨御流(さがごりゅう)’のお免状を修めてるよ」

 との答え。うっかり聞いたものの、大覚寺やら嵯峨天皇さんやら天地人がどうたらと、イト婆さんのスイッチが入ってしまった模様。

 困っていたらスッと障子が開いて六角斎が帰宅。

 「久志はここにおったのか」でやれやれ。

 「よし、話の流れじゃ。生け花の流派はどんなものがあるか知っとるかのう?」

 (えー、六角斎までその話か。またきっと、何か含みごとのある口振りだなあ)

 「イトの嵯峨御流は滅法古いが、まあ池坊、古流、小原、安達と個性ある各派のすみ分けがなされておる。しかし元を正せば‘美しく魅せる’という心はどの流派も同じハズじゃよ。そして、寿司の世界もまるで生け花や茶道のお師匠さんと生徒の関係どおり、さまざまな系統に分かれておるのじゃ。親方から弟子に脈々とな」

 (ガビーン! はい、お待ちって握られるお寿司が○○流とか△△流とかに分かれているって? 例によって六角斎の言い触らしかなあ。じゃあ元祖は誰?)

 「元をたどれば華屋与兵衛だろうが、その後キラ星の如く名人と評される寿司職人が登場した。今の様に何とか料理学校で、手取り足取りなんぞありゃしないもの。全ての技は親方の仕事をみて受け継がれる。地域の元はズバリ銀座! ‘一流’の代名詞にふさわしいがゆえに、目も舌も肥えたお客筋に鍛えられた店々が今も続いておる」

 (ってことは、寿司のメッカとは銀座なわけか。じゃあお爺ちゃんが一番凄いと思った寿司職人て誰なの?)

 「ほほう、ピカ一の握り手か。そうさなあー、やはり‘奈可田’の旦那に尽きると思う」

 (妙な名だねぇ)

 「幕末から明治までさかのぼって申せば、嘉永・美寿志・二葉の各流派から今に続くことになるのじゃよ」

 (成る程、まるでお茶や生け花の系統みたいだなあ)。

 そして、

 「奈可田(なかた)の親方は厳しい人だった。弟子達も親方の所作(握り方、庖丁さばき、客との間合い…)を盗み取りたくて、常に緊張していたそうだ」

 それから半世紀の時を経て、その弟子からの出世頭(今や寿司の神様と称される程)となった大店の親方が、最近私に語った貴重な話を申し上げましょう。

 「親方は、銀座が自分を育ててくれたと常々おっしゃられる理由は何ですか?」

 「あの頃(昭和40年代の高度成長期)は、銀座の町には300軒位の寿司店があって、小僧っ子だった私に‘オイ今月の組合費の集金に行ってこい’と先輩の命令。仕事を覚えたいのに、店々の裏口から‘ちわー、組合費の集金でーす’ってやるわけ。‘ちょっと待ってろ!’と待たされる間、目に飛び込んで来る光景は、オモテからじゃ絶対に覗けない多くの名店の仕事場を、堂々と目に焼き付けることが出来たのさ。本当に、有難すぎる程の体験をさせてもらっていたんだね」

 「成る程、普通は嫌がる集金こそ価値あり。人生無駄なことなんてないですね」

 親方は最後に、

 「しかし、共に修行したのちに、各地で成功した仲間が案外若くして夭折するのを聞くのは寂しいね」

 と、しみじみ嘆いていました。

 丁度その時、私は以前に六角斎も同じ様なことを言ってたのを思い出しました。すなわち、

 「美人薄命ならぬ、寿司屋さんの早世かな」

 と洩らしていたのです。六角斎はこう続けていました。

 「美人薄命はまあ枕詞としても、では何故そうなのか知りたいんだね。つまり、スタートは誰しも、こじんまりとしたお店だったものが努力して店を大きくするとなると、家業が故に(お店と住まいが一緒の家)、水廻り(流し台、排水路、下水溜り)を根本的に造り直しするだろう。もちろん、自分で稼いだお金で改築して何がいけないのかと尋ねるむきは重々わかる。

 じゃがな、わしが常々申すところの、年々の方位のつつしむべきことを知らずに増改築などをすると、水廻りの働きは人体で対比すると内蔵、腸、肛門に当たる。たとえば大腸癌を患ったとすれば、つつしむべき方位の年での下水道を造作してはおらぬかと、体(大腸)と家(下水道)の関係を考える。言っておくが、これはすし店だけに限ったものでないことはわかるね。飲食業とくくられるお店(そば、てんぷら、うなぎ屋…)は注意が肝心だね」

 ガビーン! 言われてみれば、私が兄とも慕う向島の老舗うなぎ屋の若旦那は、30代にして大腸癌になって人工肛門を付けましたが2年後に他界しました。振り返れば、確かに代替わりを契機にお店(特に古かったトイレを大改造)を直した翌年の発病だったハズです。

 あの頃の私はまだ20代、今ほど他人様を納得させられるような言葉の力も信用もなかったのです。

 あの時若旦那が、

 「久志君がそう言うなら、店の改造は1年先に伸ばそうか」

 となっていたら、還暦を過ぎて一層渋い若旦那ならぬ大旦那と今も語り合えたかと思うと残念でなりません。

 今回はしんみりした気持ちで、第十三病「完」。

<第14回に続く>

我雅院久志(がびいん・ひさし)●江戸時代から続く商家の七代目当主。還暦を迎えた東京生まれの江戸っ子オヤジ。五代目当主だった祖父・六角斎のもとに、病に悩む市井の人々が日々訪ねてくることに気付き、その理由を探ることに。本連載がデビュー作となる。