「六角斎が明示、‘癌’に対する究極の命題とは? Part 1.」『江戸秘伝! 病は家から』⑯

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/7

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第十六病】六角斎が明示、‘癌’に対する究極の命題とは? Part 1.(市井の‘町医者’六角斎の見立て)

 六角斎が、4の付く(4日、14日、24日)巣鴨はお地蔵さんの縁日に私を連れ出していたのは、案外と子守と言うよりも自分が楽しみたかったからだと、今にして思えることです。

 当時は、‘おばあちゃんの原宿’なる賑わいとは異なり、まだ戦後のすさんだ空気も漂っていて、ズラリ並んだ屋台の出し物が印象的でした。勿論、半世紀以上前は道路も舗装されてなく、ラムネは5円、お好み焼きは20円。

 六角斎は様々な香具師(やし)の口上を聞くのが好きだった訳で、時にはテキヤの若い衆達に節回しを教えたりして、ここでも先生などと呼ばれていたのだから、あきれちゃう次第です。

 1日10円の小遣いでは太刀打ち出来ない鼻っ垂らしの子供達の遊びは、お金のかからないことに徹していました。

 靴隠し:片方のくつを縁の下や土管や草むらに隠して、鬼の子が見つける遊び。必ず誰か一人が隠し場所を忘れて泣き出して終わる。

 まあその内で最も素朴なのが、

 だんご割り:ひたすら土をこねくり回して、とにかく固い土だんごを作り、相手と交互に落とし合って固さを競う。でも友達の兄貴の団子だけ絶対に割れない。あとで聞いたら、兄貴は工事現場に忍び込みセメントの粉を持ち帰り、水に混ぜて団子に塗って石みたくカチコチにしていたそうだ。

 (子供はこうして知恵の勝利か、ルール無視の不条理が勝るのかを学んで大きくなって行くのでしょう)。

 さて、いつもなら六角斎を訪ね来る方々と座敷内で、私もちょこんと居合わせて六角斎の見立てを目の当たりにしているのですが、その日は六角斎から、

 「久志よ、今日は座敷に居てはならんよ」

 と釘を刺されておりました。

 (うーん、余程深刻な悩みが有る人か)

 駄目と言われるとかえって気になるなあ。結局、イト婆さんのお茶出し役を買って出て、襖の裏側で息を潜めて、耳に神経を集中させていました。

 案の定、襖越しに漏れ聞こえてきた六角斎と訪客(恰幅のいい中年の紳士と奥さん、実は大きな病院の院長先生とのこと)の会話の要点は次のようなものでした。

 「胃癌。自分が医師として無念。何故なのか原因が知りたい」

 寄り添う奥さんからは、出来るなら主人と替わってあげたいと鳴き声ばかりが伝わります。

 「結局は襖の先で聞いておったな」

 夫妻が戻られてから六角斎は私をたしなめつつも、‘癌’という重い病について、いつかは話さねばならぬ時がやって来たかと意を決した様子でした。

 「目を見ればわかる。どうして癌は起こるのか聞きたい目だね」

 勿論、と答えます。

 「よいかな、“癌は石より起こる”。これに尽きるのじゃ。ここから全てを読み解くのだよ」 

 ガビーン‼ 病が病だけに、すごく難しい事を言い出すのかと思いきや、ただ“癌は石より起こる”、それだけ? と悩んでいたら、背を向けていた六角斎はゴソゴソと本棚の中から何やらやたら古い書物を取り出していました。

 「これはな、石と癌の関係を表した本のうちの一冊でな。300年位前の‘合類医学入門’と申す。漢文だが、久志に解るように直せば、‘自分の体の奥深くで岩みたくなるのが癌’と申しておる」

 (どういう事?)

 「つまり、これを家と体に照らし合わせてみることさ。家のどういった所で、体の部位に現れる癌(石)に関わるようなことをしたのか考えるんじゃよ。」

 「あの院長先生の場合は何なの?」

 「胃癌の‘胃’は、家ではどこに相当するかね? そう、流し台、洗面所、ふろ場からの排水が集まる下水溜が、人体での胃の役目と呼応するハズ。わしが院長にお宅の下水溜付近に石を沢山置かなかったか尋ねてみたが、一切石など置いてないと言う。不思議だ。困った。何かしなければ癌になる訳がないと、わしが言い切らぬ内に、ハッと院長が思い当たったらしく、‘実は下水溜廻りの三和土(たたき土間)が古くなって崩れたり、凸凹してたのでセメントで固めはしましたが…’と答えたのさ。もう分かるね、ドロドロのセメントだって固まればカチコチの‘石’になるじゃないか!」

 この一部始終をよく覚えていた理由は、くしくも遊びの‘だんご割り’に夢中な頃(土をこねたり、セメントで固めたり)と、六角斎の見立て(セメントが固まり石へ変化)とが妙に合致していたのが忘れられなかったからです。

 幸いにも、院長先生は手術で胃を全部取ったものの、その後もお元気だったそうです。そして時折り六角斎を訪ねては、

 「あのなあ六角さん、私と同じ胃癌の患者さんらに、それとなく発病前に家の修繕などをされたか雑談として聞いてみると、ほぼ皆さん下水溜めにつながる辺りを直してた。私の医学的見地からでは全く理解し難いのだが、しかし貴方の申される‘家と体の結び付き’は、私自身もズバリ言い当てられた者として興味が尽きない」

 などと胸襟を開いて六角斎と語り合う間柄になられたそうです。第十六病「完」。

<第17回に続く>

我雅院久志(がびいん・ひさし)●江戸時代から続く商家の七代目当主。還暦を迎えた東京生まれの江戸っ子オヤジ。五代目当主だった祖父・六角斎のもとに、病に悩む市井の人々が日々訪ねてくることに気付き、その理由を探ることに。本連載がデビュー作となる。