「お遍路さんでつかんだ心臓マヒの極意。」『江戸秘伝! 病は家から』⑲

文芸・カルチャー

2019/12/10

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第十九病】お遍路さんでつかんだ心臓マヒの極意。(市井の“町医者”六角斎の見立て)

 お遍路さんとは四国ならではのユニークな風習。テレビの特集番組を家族で見ていました。八十八の札所巡りは大変ですが、土地の方々の‘お接待’でお遍路さんも一息いれてます。

 「あー、懐かしいなあ」

 と、六角斎の声。案の定、経験があるようです。

 それは震災(大正12年の関東大震災)で、四国からの奉公人が亡くなったため、四代目の言い付けにより、六角斎(当時、若旦那)が遺骨を届けに四国巡礼の旅をしたとのこと。(へー知らなかった)

 無事に役目を終えて、ある山間部の農家に投宿していると不思議なことを聞いたそうです。

 「東京じゃ地震で大勢亡くなったろうが、わしらの村では一度に3人も農家の戸主たちが心臓マヒであの世へ行ってしもうてな」と。

 こうしたことを耳にするのも自分に与えられた使命と六角斎は受け止めて、じーっと次のように考えてみたそうです。

 「この村は都会とは似つかぬ、まるで江戸時代そのままのような場所。どの家も古い茅葺き屋根だし、台所、風呂場、便所も全く修繕の気配もない。では何故そんな大病が立て続けに起こったのかな?」

 翌朝、土地の子らとイナゴ採りに田んぼに出てみると、ゴンゴンゴンと妙な音が聞こえてきたそうな。それは、田んぼより低い池から水を汲み上げるためのポンプのうなり音でした。急こう配の田んぼに、えっちらおっちら水を運ぶのはしんどいと、農家3軒でポンプ小屋まで建てて消防用ポンプを改造して設置したそうなのです。

 ガビーン!(当時の若き六角斎も、きっとこのガビーンを発したでしょうね)。これだ!

 皆さんが習ってきた理科の教科書や人体図鑑で、‘心臓’を調べれば必ずやこう書いてあるはずです。

 心臓はポンプの役目をしています、と。なーんだ、ズバリ答えが出ていたのですよ。

 六角斎は、くれぐれも勘違いしないようにと、

 「よいか、ポンプを置けば必ず心臓病になると考えてはいけないよ。あくまでも、病(心臓)になる要因の一つとしての物(ポンプ)を示したに過ぎんのじゃよ」

 と念を押し、さらに、

 「‘病は家から’と言うのに、田んぼも関係性あるのかって? おいおい、【第十五病】を忘れたかな。Myを付けて自分という範囲をわきまえる際に、ちゃんと田んぼも挙げておいたぞ」

 と抜かりがありません。

 それはそうと、箱根‘芦ノ湖’での出来事を話すことが六角斎には残っていたわけで。私がМ君に比べて欠けていた、方位=親(父と母)の理解を増すことになるらしい。さあお願い。

 「確か満州事変の年だったから、まだ君の父が3歳くらい。夏の避暑に友人家族らと芦ノ湖へと出かけたのさ。モボ・モガと呼ばれる、まあハイカラな一団だったなあ。バイオリンやフルートを奏でる藝大生、チェスに興じる書生、遅れてイタリア車で合流して来たのは白洲次郎という欧州帰りの青年だった。もちろん、わしは湖畔のベンチで読書ざんまいじゃった。

 ただ困ったのは、尋常(旧制)小学校以下の子供らが、湖に突き出た桟橋で遊び回っていて落ちたら危ない。のんびりと読書どころではなくなり、注意しに向かった。大人の目からみれば、この子はこれ以上先は無理、あの子はあと10mくらいは大丈夫、と察しが付いた。白墨(チョーク)で各々の線を引いて、君はここまで、あんたはこの線を越えちゃダメだよと桟橋を子供毎に4つの線で区切ってみたわけさ。これで良し、と真っ白になった手をはたいて、ベンチに戻ってもう一度桟橋に目を向けた時、ハッと気付いた! これぞ、方位=親が子に定めた約束の範囲を示すものだと」

 ガビーン!(成る程、この六角斎の戦前のエピソードはよくわかるよ。続きを聞かせてよ)

 六角斎は、当時を振り返ることを楽しむように

 「そうか、久志もわかったようだね。親と子の関係性を通して考えてみると、方位というものにどう向き合っていけばよいかが明らかになるね。親にしてみれば、子らが境界線を越えないようにと範囲を決め、一生懸命に守ってくれているんだ。それを、僕は平気だよと決められた線の外で遊んでいると、果たしてその子は足を滑らせてドボーンと湖に落ちてしまうだろうね。では、改めてこれらの事を、‘病は家から’で考えよう」

 (今まで幾度となく、誰々の家では今年は西とか東の方位をつつしまねば…、などと六角斎が言い聞かせていたっけ。では、そもそも方位の定まりが、どうして年ごとに変わるのかも教えてね)。

 ふーむ、と一息ついて六角斎は、

 「桟橋のたとえも、家に定まる方位の考え方も、全く同じことだね。たとえば、大の大人だからといって自分で稼いだお金で家の増改築をして何が悪い、と方位を無視して好き勝手にすれば、もうどうなるかは分かるね。桟橋の子供が、約束した一線を越えるようなものさ。次に、年ごとに方位の定まりが変わる理由だが、久志よ今度は【第九病】を思い出してごらん。太陽と木星の周期から干支(十二支)が割り出されて、我々の営みに影響を及ぼしておったろう。それに今度は地球と月の関係性が加わるのさ。そう、君の尋ねたい方位の一年とは月が地球をめぐる太陰暦の長さじゃ。それらから編み出されたものが年ごとの方位の定まり。まあ、以前“塾”と申したように、これを勉強し続けておるわけじゃよ。

 そして、わしみたいに長い間かかわってきて思えるのは、方位という規則にしばられて面倒だと思うよりも、むしろ方位という親の定めた約束の範囲があるからこそ、それをわきまえて踏み外さなければ病気やけがに遭わずに済む、あゝ有難いなあと思えてくるものだよ」

 週が明けた学校の昼休みに、М君に‘桟橋のたとえ’から、方位=親が子に示した範囲なんだと伝えました。するとМ君は、

 「では久志、君は親が示す範囲を方位と言うけど、その親って父と母のどちらかなの? それとも父と母の両方かい?」

 と質問です。ああ、また新たな疑問が。それは次回で。第十九病「完」。

<第20回に続く>

我雅院久志(がびいん・ひさし)●江戸時代から続く商家の七代目当主。還暦を迎えた東京生まれの江戸っ子オヤジ。五代目当主だった祖父・六角斎のもとに、病に悩む市井の人々が日々訪ねてくることに気付き、その理由を探ることに。本連載がデビュー作となる。