安全のために持たせたスマホが小学生監禁のきっかけに…/『あなたのスマホがとにかく危ない』①

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更新日:2021/6/24

スマホ・SNSの犯罪はどんどん巧妙になり、デジタルに不慣れな人であっても無知ではいられない時代となりました。ではどうすればよいのか――。元埼玉県警捜査一課 デジタル捜査班班長が、スマホ・SNS、デジタル犯罪から身を守る方法をお伝えします。

『あなたのスマホがとにかく危ない~元捜査一課が教える SNS、デジタル犯罪から身を守る方法~』(佐々木成三/祥伝社)

あなたのスマホ・SNS、本当に安全だといえますか?

 いまや生活に欠かせない存在になったスマートフォン(以下、スマホ)。その利用率は全世代平均で87.0%に達し、最も高い20代は99.0%とほぼすべての人が利用しています。

 それにともないSNS(Social Networking Service:会員制交流サイト)を利用する人も増えました。最も利用率が高いのはLINEで82.3%で、以下にはTwitter37.3%、Instagram35.5%、Facebook32.8%と続きます(スマホの年代別利用率・SNSの利用率、ともに総務省「平成30年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」)。

 

 SNSは、「友人知人と気軽にコミュニケーションがとれる」「同じ趣味嗜好の人とつながれる」など交友関係を広げたり、ほしい情報や最新の流行などを知るのにとても便利なツールであることは確かです。

 ただしSNSにはそうしたメリットがある反面、デメリット(リスク)があることも忘れてはなりません。プロローグでも記した通り、使い方を間違えると思わぬ犯罪やトラブルに巻き込まれる恐れがあるからです。

 

 SNSで起こるトラブルは、実名を晒されたり、お金を奪われたり、ストーカー被害や誘拐に遭うなど深刻で取り返しのつかないものが本当に少なくありません。

 話題にはなっているけど、自分には無関係――そう思っていた人が、どれだけ怖い目に遭ってきたか。そんな例を私はたくさん見てきました。

 何気なくつぶやいた投稿が、あるいは軽い気持ちでアップした1枚の写真が、SNSの利用者を恐怖の淵に突き落とす――。

 SNSに慣れている方にはいまさらな話もあるかもしれませんが、SNSになじみのない方のためにも、そんな事例をご覧いただくことから本書を始めたいと思います。

スマホゲームをきっかけに監禁された小学生

 娘の結衣がいなくなった。

 塾に行く結衣の姿を見送って、もう10時間以上が経っている。

 塾からの電話は、娘が家を出てから1時間後にあった。

「結衣さんがいらしてませんが、今日は欠席でしょうか?」

「えっ、確かにいつも通りに家を出たんですが……」

 

 結衣は、母親の私の目から見ても明らかに勉強好きではない。親としては、娘に良い教育を受けさせたくて、有名な進学塾に入れたけれど、本人は宿題に追われる塾の生活に相当ストレスが溜まっているみたいだ。

 とはいえ、私たちの住む区の小学校ではクラスの3割が中学受験をする。私も「いまの子は小学生のうちからかわいそうだなあ」と少し思いつつ、将来路頭に迷ってほしくない気持ちのほうが上回って、心を鬼にして塾に送り出していた。

 

 そんな前提があったので、塾からの電話があったとき、最初はどこかでサボっているのかと思って腹が立った。

 でも、塾からの電話の後に結衣にLINEを送っても、一向に既読(メッセージを開封して読んだ意)の印がつかない。不安になって電話をかけても電源が落ちている。

 嫌な想像が駆けめぐった。何か事件に巻き込まれたんだろうか?

 

 ――いや、そうに違いない。一気に怖くなって人生で初めて警察に電話をかけた。

「もしもし、娘が! 娘が!」

「お母さん、落ち着いてください。順を追って教えてください」

 結衣がいなくなるなんて考えたこともなかったから、動転してうまく話せない。横にいた夫が電話を替わり事情を伝え、すぐ警察署に行って捜索願を出すことになった。

 その後、もしかしたら塾が終わる時間に何事もなく帰ってくるかもしれないと思ったが、いくら待っても結衣は帰ってこなかった。夫はたまらず家の周りを探しに行き、私は家で警察からの連絡を待った。

 万が一、結衣にもう会えないとしたら……振り払っても、振り払っても、ネガティブな想像が拭えない。眠れないうちに朝になっていた。

 

・・・

 

 最近、家の中の空気が悪い。自分の模試の結果が悪かったことで、パパとママが「お前の教育が悪い」「あなたは何もしてないくせに」とか言い合いしてるのが聞こえる。

 6年生になって塾の日がまた増えた。明日は塾の日だなって思うたびに、気が重くなる。塾やめたいなぁ、なんで勉強しなきゃいけないんだろう。

 塾も嫌だし、家にいても息苦しい。

 それで友達が面白いって言ってたスマホゲームを始めた。ゲームをしてるときだけは、嫌なことを忘れられる。

 でもちょっと遊んでるのが見つかると、「宿題やったの?」ってすぐママが注意してくる。何時間かごとにノックもしないで部屋覗いてくるのもウザい。

 しかも、先週なんてゲームしてたら、パパが「いつまでスマホやってるんだ!」って怒鳴り込んできた。別に好きで塾に通ってるわけじゃないし、パパがいるとずっと家の中ピリピリするし、ママも「そんなことじゃ合格できないわよ」ばっかり。

 もうこんな家いたくないんだけど!

 

 だから、スマホのオンラインゲームで仲良くなった人から「今度相談乗るよ。会いに行って話聞こうか?」ってメッセージがきて、まぁいいかなって思った。

 その人のハンドルネーム(ネット上のニックネーム)はヒロキで、サムネ(サムネイル画像。小さな枠のプロフィール写真)もイケメンだった。ゲームもうまくて、いつもアイテムをくれたり、難しいステージも助けてくれて優しい。

 最初はゲームの中でチャットし始めて、途中でLINEのアカウントと名前を聞かれたから教えてあげた。

「来週の土曜日に会いに行っていい? どこに住んでるの?」

 来週の土曜ならちょうど塾だから出かけるのも怪しまれない。それでうちの住所を教えたら、最寄りの駅まで迎えにきてくれることになった。

 

・・・

 

 ●●駅に行くと「結衣ちゃん?」って話しかけられた。

 ヒロキはサムネのイケメンとは似てなかった。でも私もアプリで加工してだいぶ盛った画像をサムネにしてるし。ちょっと実物は冴えない感じのお兄さんとおじさんの間な雰囲気だけど、優しそうだし、キモくないからまあいいかな。

「プチ家出なんだから、今日だけはスマホの電源切っちゃおうよ。じゃないとすぐ電話で怒られるよ」って言われて、鬼電してくるママの顔が浮かんで電源を切った。

「寒いから乗って」と言われて、車に乗ると1時間ぐらい走ってヒロキの家に着いた。

 一軒家でほかには誰もいないみたい。ちょっと怖かったけど、お菓子を食べながら家のこととか、塾のこととか、しゃべってるうちに段々と緊張が解けてきた。

 久しぶりに楽しかった。やっぱりヒロキはいい人なんだなって。

 

 でもそうこうするうちに、外も暗くなってきた。

 私、今晩ここに泊まるのかなぁ……さすがにちょっと心細い。

 そんな私の空気を察したのか、「せっかく家出したんだから、そんなすぐ帰ったらもったいないでしょ?」ってヒロキがちょっと強めに言ってきた。

 どうしよう。怖い。ひとまず、スマホの電源を入れようかな。

 そう思ってスマホを塾のかばんから出した瞬間、「オレにスマホを貸そうか」。

 優しげな声の音には似合わないナイフをヒロキが見せてきた。スマホが没収された。

 

 殺される……。もう帰れないのかと思ったら、ものすごく怖くなった。でも、いま焦ったら余計に危ない。怖いのを必死で抑えて、おとなしくすることにした。

 刺されるんだろうか、襲われるんだろうか。

 

 そうこうするうちに、ヒロキはゲームをし始めた。

 何時間が経ったんだろう、ヒロキのピリピリした空気が落ち着いてきた気がする。

 ちょっと眠たそう。チャンスかもしれない。

「トイレに行ってもいいですか……?」

「廊下出て右だよ」

 思ったより警戒されてない。もしかしたら、そのまま出られるかも。

 でも、見つかったら殺される。そう思うと、すぐに玄関から脱出はできない。

 ヒロキはこっちをちらちら見ながらゲームを続けている。

 ひとまず、トイレに入って鍵を閉めた。

 

 ほっとひと安心。でもゆっくりしてる時間はない。

 そのとき、トイレの小窓に気づいた。1階だし、頑張れば出られるかも……。

 もう迷ってる時間はなかった。そーっと小窓を開けると、体をねじ込んで外に出た。そのまま裸足で明るくなってきた早朝の街を一目散で走り始める。

 すれ違った大人に助けを求めようかと思ったけど、もし悪い人だったら……と思うとまた怖くて、とにかく走った。

 ものすごく走った気がする。ようやくコンビニが見えた。

「助けてください!」

 レジのおばさんが事情を把握して抱きしめてくれた。

 気づかないうちに、涙がこぼれ落ちていた。

 

・・・

 

 警察から私に電話があったのは、朝5時だった。

「お母さん、結衣ちゃんを無事保護しました!」

 安心して、張りつめていた体中の力が抜けてしまった。

 警察の人から聞くと、結衣はスマホのオンラインゲームで知り合った男について行って、そのまま監禁されていたという。

 スマホは結衣にせがまれて、夜の塾通いもあるからと、昨年買い与えた。でも、安全を確認するためのスマホが、事件のきっかけになっていたなんて……。

 

 結衣が帰ってきて抱きしめてから、なんで家出をしてしまったのか、どうしてスマホで知らない男の人についていったのかを聞いた。

 私たちの空気の悪さが家出の原因になっていたそうで、ただ頭ごなしに怒るわけにもいかない。でも、スマホを小学生で買い与えるのはやっぱり早かったのかも……。

 私たちよりも結衣のほうがスマホを使いこなしている。たまに結衣のスマホを確認していたが、やっぱりチェックが追いつかない。

 だからこそ、スマホを使ううえでの分別をつけてあげないといけないと思う。これから、スマホとどう付き合えばいいんだろう。いま、本当に悩ましくて困っている。

<第2回に続く>