計算しつくされた口角、甘ったるさをほどよく混ぜたしゃべり方。情報を引き出すには相手に染まれ!『忍者だけど、OLやってます』⑥

文芸・カルチャー

公開日:2020/4/11

 OLの陽菜子には秘密がある。実は代々続く忍者の里の頭領娘だが、忍者の生き方に嫌気がさして里を抜けだしたのだ。ある日、会社の上司・和泉沢が重要書類を紛失してしまう。話を聞くと、どうやら盗まれた可能性が。会社のためにこっそり忍術を使い、書類を取り戻そうと奔走する陽菜子だが、背後には思いもよらない陰謀が隠されていて…!? 人知れず頑張るすべての人に贈る、隠密お仕事小説!

『忍者だけど、OLやってます』(橘もも/双葉社)

「へえ、さやかちゃんってマッサージのお仕事してるんだぁ」

 頬を赤く染めた杉原美波を捕獲した、水曜の夜9時。

 あまりに首尾よく事が進みすぎたことに若干の不安を覚えながらも、さやかと名乗った陽菜子は、ペールエールのグラスを傾け、美波と乾杯をかわした。

 ふだん進んで酒を飲まない陽菜子にはいまいち理解しがたいが、酒好きというのはそれだけで年齢も職業も性別もすべて簡単にとびこえてしまうらしい。喫煙所に集うスモーカーたちのように、店内には、なにを確認したわけでもないのに「同志だ」と認定しあう、不思議な空気が流れていた。

 50人の参加者が溢れる店内で、美波を見つけることはさして難しくなかった。Vネックの白のトップスに、ハイウエストから広がるシャギーチェックのフレアスカート。耳元から垂れるピンク色の天然石らしきピアス。計算しつくされた口角に、揺るぎない意志の強さが感じられるまなざし。甘ったるさをほどよく混ぜたしゃべりかた。情報収集したとおりの彼女がそこにいた。

 会社を定時で退散してすぐ、デパートのトイレにとじこもりメイクをし直した陽菜子も、彼女とごくごく似たいでたちだ。限りなく黒に近いダークブラウンのウィッグを丁寧に巻き込んだミディアムヘア。グレーのニットに、ネイビーのミモレ丈スカートをあわせ、やはり華奢なピアスをさげている。隣で飲んでいる会社役員だという50代男性に10分後に尋ねても、どちらがどちらか覚えていないだろう。

「でもくやし~い。それ、絶対誰とも被らないと思ってたのに」

「今日は持ってないの?」

「うん。さすがに会社に持っていくには目立つ色だし。ね、どこで買った? 私、銀座のお店を定期的にチェックしてるんだけど」

 美波が言うのは、穂乃香に借りたケイト・スペードの新作バッグのことだ。鮮やかなイエローは限定色で、2週間前に美波がSNSで自慢していたのを知っているからこそ持ってきた。レンタル代は一晩につき、穂乃香お気に入りのレストランバー「ツリーハウス」での飲食一回分。食事だけなら一人5000円もあれば足りるが、穂乃香は一人でワインボトル2本は空ける。自分のためでもあるとはいえ、和泉沢のしりぬぐいをするには高くつきすぎているような気がしたが、ここまできたらそんな文句を言っていてもしかたがない。

「わたしは青山。このあいだまで、表参道の整骨院で働いてたんだ。でも美波ちゃんのピアスもすごくかわいいね? そういう色、大好き。長さもちょうどいいし。シンプルなやつって、逆になかなか好みのが見つからないんだよね」

「わかる~。だからこれ、オーダーメイドなの。友達の友達がショップやってて。お手頃だし、よかったら紹介するよ」

 ──情報を引き出すにはまず、相手に染まれ。

 諜報の、基本中の基本だ。相手にとって、いちばん共感の得やすいスタイルになる。そしてそれをわかりやすく提示する。そうすれば苦労することなく親近感が得られ、会話もはずみやすくなる。

 特に女子にとっておしゃべりは必須だ。30分ほど、どうでもいい話題に花を咲かせながら、陽菜子の視線はつねに美波のバッグと携帯電話にあった。和泉沢が契約書を奪われてからすでに3日が経っている。誰の指示で盗んだかは知らないが、すでに手元にはない可能性のほうが高い。

 だが反面、重要書類だからこそ肌身離さず持っている可能性もなくはない。

<第7回につづく>

大沢在昌、湊かなえ、住野よるを輩出した双葉社がお届け!
web文芸マガジン「COLORFUL」(毎月10日、25日更新)