「ピンクトルマリンみたいな石もってたほうが、恋愛運あがるのかなあ」「もう干からびちゃいそう」『忍者だけど、OLやってます』⑦

文芸・カルチャー

2020/4/12

 OLの陽菜子には秘密がある。実は代々続く忍者の里の頭領娘だが、忍者の生き方に嫌気がさして里を抜けだしたのだ。ある日、会社の上司・和泉沢が重要書類を紛失してしまう。話を聞くと、どうやら盗まれた可能性が。会社のためにこっそり忍術を使い、書類を取り戻そうと奔走する陽菜子だが、背後には思いもよらない陰謀が隠されていて…!? 人知れず頑張るすべての人に贈る、隠密お仕事小説!

『忍者だけど、OLやってます』(橘もも/双葉社)

「やっぱり、そういうピンクトルマリンみたいな石もってたほうが、恋愛運あがるのかなあ」

「さやかちゃん、彼氏いないの?」

「ぜーんぜん。美波ちゃんは?」

「私もいな~い。もう干からびちゃいそう」

 ──ということはやはり、和泉沢のことはただ利用しただけか。

 ふつふつと怒りが湧く。

 懲りずに変な女にばかり引っかかり続ける和泉沢にも、社会人デビューを引きずったまま女慣れしていない和泉沢をいいようにあしらっている美波にも。けれどもちろん、そんな心情はおくびにも出さず、美波と一緒に新しいビールを選びにいく。講義が終わったあとは各自、入店時に渡されたチケットを使って、全種類のビールをグラスで楽しむことができるのだ。ペールエールの苦みに少々飽きてきた陽菜子は、さくらんぼの風味がするというビールを選んだ。

 互いに最初の一口を味わったあと、本題を切り出す。

「ね、よかったら、手相みてあげようか」

「えっ? そんなことできるの? マッサージ師なのに? すごーい、見て見て! どっちの手?」

「趣味でね。じゃあ、両方見せて」

 色白でほどよく肉づいた、触り心地のいい手のひらだった。手相の線もシンプルで、くっきりと強く深く引かれている。

「おっとりして見えるけど、けっこうはっきりとものを言うタイプなのかな。意志も強くてしっかりしてる。でも、感情の起伏はわりと激しいね。飽きっぽいけど、いったんハマったらなかなか抜けられない。恋愛も仕事も趣味も全部」

「あはは、当たってるかも」

「あとはそうだなあ。さよならの線が出てるね。ここ半年くらいのあいだに彼氏と別れた? でも、出会いの線も出てる。最近、新しい出会いもあったでしょう」

 手相見と事前に収集した情報をおりまぜながら手のひらを親指でさする。本気にしていなかった様子の美波も、目の端をきらりと光らせた。

「なにそれ。そんなの、手相に出てるの?」

「まあ、うっすらとね。結婚は2年以内くらいかな。相手がその新しい人かはわからないけど。……好きな人、いるの?」

「うん。でも全然、相手にされてない。ていうか、なんだかいいように利用されてる気がするのよね」

 少し酔ってきたのか、ちびちびと舐めるようにビールを飲む。そんな男に振りまわされるくらいなら和泉沢の相手をまともにしてくれたらよかったのに、そうしたらわたしがこんな面倒をかけられることもなかった。と、理不尽な文句が出そうになるが、「ええっ、ひどぉい」と美波と声のトーンをあわせて大げさに驚いてみせる。

「利用ってなに? お金とか?」

「まさか、そんなんじゃないよ。フーゾクとギャンブルは許せないたちだから。なんて言ったらいいのかなあ、仕事を手伝ってるっていうか」

 もしかしてビンゴか、と前のめりになりそうになるが、こらえる。諜報の鉄則その二。無駄に焦るな。「いつのまにか自然にしゃべってた」と相手に思わせる流れをつくれ。それには多少の時間も必要だ。

 そのあいだも、陽菜子は美波から手を放さなかった。指先から伝わるぬくもりは、それだけで相手に安心感を与えているはずだ。

「美波ちゃん、尽くすタイプなんだね」

「そういうわけじゃないんだけど……ちょっとした資料をね、集めろって言われたの。でもそれが相当大変で。うまくいけばその人も私も仕事がうまくいくから、自分のためでもあるんだけどさ」

 ふうん? と陽菜子は首をかしげてみせる。なんかよくわかんないけど大変なんだね。わかりやすく表情で告げると、美波は小さく、くすりと笑った。

「ごめん。こんな曖昧な言い方じゃわかんないよね」

「うん、正直ね。でもまあ、仕事だと言えないこともいっぱいあるしね」

「いちばんストレスなのはね、そのために好きじゃない人とも仲良くしなきゃいけないこと。ご機嫌とったり、時間さいたりさあ。けっこう疲れるんだよね」

「美波ちゃん、そういうの得意そうだけど?」

「あは、バレた? でも、得意だからってやりたいかどうかは別でしょ」

 これで完全に、和泉沢は眼中にないことが確定し、陽菜子はやれやれと宙をあおいだ。ほっとするというよりも、どうしてあいつはいつもこうなんだという呆れのほうが先立つ。ほとほと女を見る目がない。

「要するにさ、その資料を好きな人に渡せば喜んではもらえるんだけど、そこでありがとう、ハイおしまい、じゃ悲しいじゃない。これをネタにつきあって……とまではいかなくても、デートくらいはしてもらおっかなって」

 一日二日一緒にいれば、それなりにどうにかできる自信あるし。

 そう言いながら美波の視線がほんのわずかな一瞬、鞄に向いた。やだあ、美波ちゃん、それどういう意味ぃ。わざとらしく嬌声をあげて茶化しながら確信する。

 契約書は、鞄の中だ。

<第8回につづく>

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