ダメな自分が「わかっている」のに変わらない… いつも憂うつな人の残念な末路/『憂うつデトックス』⑥

暮らし

公開日:2020/5/13

“自粛”続きで心が疲れてしまった。嫌な状況が長く続くと延々と終わらないように思い、最悪の事態を想像してしまう――。そんな人も多いのではないでしょうか。いつも最悪の事態を想像して行動していると「心の準備」をしている気がしますが、実際には心を余計にすり減らしているだけ。こんな状況だからこそ、憂うつな気分から自分を解放して「今を生きる」方法を学びましょう。

『憂うつデトックス ‐ 「未来の不幸な自分」が幸せになる方法 ‐』(大嶋信頼/ワニブックス)

1-6 いつも憂うつな人の残念な末路

ちっとも成長できない

 いつも憂うつだった私の残念なところは「自分には未来が見えるから、人よりも優れている」と思っていたこと。

 自分が思っていた通りに不幸が現実になっていたから、本気で未来が見える優れた能力がある、と思っていました。いや、「未来が見える」という確信はその頃は持てなかったけど「自分が予測したことが現実になる」という感覚があったから「他の人よりも優れた能力を持っているはず」と信じていたんです。

 でも、未来が見えていても、そうではないみんなからバカにされて蔑まれる。そして、未来を見る能力を使って「相手をギャフンと言わせてやろう!」と相手との未来のやりとりをすればするほど「相手は斜め上を行く!」となってしまって、どうやったって想像していた不幸が現実になる。

「未来を見る力を使って事前にシミュレーションしてうまくいかせよう」とすればするほど、まるで相手がこちらの手の内を知っていたかのように対応してくる。だから、どうやったって自分が想像していた通りの不幸が起きてしまい「やっぱり何をやってもダメだ」となる。

 さらに残念なのは「未来を想像しちゃったらうまくいかない」とわかっているのに、未来のことを考えるのがやめられない。それをやっていなければ不幸なことが起きる気がしていたから。でも、よくよく考えてみれば、それをすればするほど、不幸になっていくし、なんの役にも立っていないことはわかっているのにやめられない。

 もっと最悪なのは、不幸なことが起きた時に「こうなることがわかっていたのに、自分はどうしてこうしちゃったんだろう?」とものすごい後悔が襲ってくる。不幸な結末になることは未来が見えるから十分にわかっていたのに、自分はそれに対して何一つ対応することができなかった、と自分を責めるしかできなくなる。

「あー、なんであの時にあんな対応をしてしまったんだろう?」と後悔をするのは「未来が見えていたはずなのに」という感覚。「こうなることは十分にわかっていたはずなのに」と一人反省会をして、自分にずっとダメ出しをしてしまう。そんな一人反省会をやって、自分を責め続けても「その教訓が次に生かされない」という残念な結果が。

 普通、反省をするのだったら、その反省は次に生かされなければ意味がない。ところが私の場合、反省会をしても「また同じことを繰り返すのはわかっている」という未来が見えてる。そして、私が見た通りの未来になって「やっぱり同じ失敗を繰り返した」となって「自分はちっとも変われない」とものすごく残念な気持ちになってしまう。未来が見えるから「どんな努力をしてもちっとも変われない自分がそこにいる」というのがわかってしまう。それが現実になって、全く何も変われず、ちっとも成長できない。それが私の現実――。

 周りの人は、どんどん成長して豊かに変わっていきます。私といえば、未来が見えて、そして、人一倍その不幸から未来を変えるために努力をしているはずなのに、ちっとも良い結果が得られない。自分の努力はすべて裏目、裏目に出てしまって、ますます憂うつな気分になって、先のことを考えるのが止まらず、未来が見えているはずなのにちっとも現実を変えることもできないし、自分自身をどんなに責めて反省しても成長することがないし、何も実績が残せないダメ人間、という認識になってしまう。

「わかっている」のに変わらない

 憂うつな私は、親からダメなところを指摘されると「そんなことわかっている!」と言っていました。

 そう、たしかに私には親から指摘されることが事前に予測できていたから〝わかっている〟と言ってしまうんです。「お金の管理をちゃんとしないと、将来お金で苦労するわよ」と言われて「そんなことはわかっている!」と断言するのは、実際に貧困状態に陥ってしまう未来が見えるから。

 わかっていたら、お金の管理をきちんとして「ちゃんと貯金をしよう」となるはずなのに、それができない。恐る恐る預金通帳をチェックしてみると「あー、親の言っていた通りだった」というよりも「自分が予測していたことがそのまま現実になった」というショックを受けるんです。

 自分はどんなに働いても、お金に余裕がなくて、やがて貧困生活を強いられることになる、と。ちょっとでも、無駄遣いをしてしまうと「あー、またやってしまった!」と自分を責める。

 責めるということは、無駄遣いをしてしまう自分のことはわかっていたはずなのに、それを止められなかったから。「なんて自分はダメなんだ」と責めても自分は変わらなくて、ちっとも成長せず、自分が見ていた貧困生活が現実になって、ますます憂うつな気分になってしまう。誰よりも「わかっている」と思っているのに、何も現実を変えることができない残念な結末が私の現実でした。

 次の章では、「未来が見える」しくみについてお話します。

続きは本書でお楽しみください。