真面目なスキップ/『運動音痴は卒業しない』郡司りか①

小説・エッセイ

2020/6/15

 はじめまして、郡司りかです。

 10年前のちょうど今頃、ボールに間違えられました。

 その日は5月だというのに暑くて、母校である公立高校の野外プールがやけに生温かったことを覚えています。水泳部の先輩後輩OBOG混ざって水球をしていたのです。

 球技全般が苦手な私でも水の中でならできる気がする! 少しぼんやりしてる後輩のボールをサッと奪って、側にいる敵チームに取られないように抱え込みました。

 と同時に、なぜか景色が水中になった。

 目の前にはみんなのお腹。息ができない。

 おかしい。

 上を向くと水中から見てもわかる大柄のOBらしき先輩の両手が、なぜか私の頭をしっかりホールドしていますね。

 と考えてるうちに勢いよく持ち上げられ、空中に放り投げられた。

 何が何やらわからないうちに、ピーっと笛の音が鳴り、コーチが叫びました。

「そこ、頭をボールと間違えない!」

 確かに、私の白い水泳帽を被った頭はボールとして扱われたのです。ボールの気持ちを体験できた喜びは10年経っても消えません。

 私は運動が苦手です。というと、どんな様子が思い浮かぶかは人それぞれですが、どんな想像も遥かに超えた運動音痴だと胸を張って言えます。陸上における全てのスポーツが私には不向きです!

 しかし最近なぜか、その苦手な運動をテレビで披露してくださいと言われるようになりました。運動音痴をひた隠しにしてきた学生時代は一体なんだったのか。

 余談ですが本職はNPO法人ハートオブミラクルにて理事と広報をしています。学校の道徳授業や企業や福祉施設での研修で上映したい人向けにドキュメンタリー映画を配給する仕事です。

 この連載では、自分の27年間を書きます。

 運動が苦手なことにより、楽しくまたは辛く暗い時間を過ごしたこともありますが、明るくポップに書かせていただくことで昇華させたいとも思います。

 まず初めに、私は天然キャラの良い人なんかじゃないんです!

 私が何をやっても鈍くさいせいで、昔からそう言わることが多いです。

 単なるドジを天然と言い換えてくれる周りの人には感謝していますが、それに付随して「良い人」とも言われるのはなぜだろうと改めて考えています。

 初めて「天使みたい」と人に言われたのは小学4年生のときで、当時いじめられていた友達をかばったことがきっかけで、その友達のお母さんに泣きながら言われました。

「りかちゃんはいつも優しくて相手の気持ちがわかって、まるで天使みたいだね。ありがとう。」

 ただその友達と遊びたくて一緒にいたことが結果的にかばった形になったのですが、「天使、え、私のどこが?」と思いながらも空に舞い上がるように喜び、その言葉が自覚してる性格と程遠いことには目をつぶりました。

 初めて大人が泣いているのを見て衝撃を受けたのと同時に、良い行いをすると誰かが助かるということを実感したのです。

 それ以降は属したどの社会においても、「優しくて良い人で、天然な人間」という立ち位置につくようになってきました。誰が私をその位置に連れて行くのか?と不思議でしたが、自分自身がそうさせているのだと17年経ってから気がつきました。

 最近街中でいきなり「スキップしてください!!」と言われるようになったのですが、同時に良い人ですねとか真面目ですねなんて言われることがさらに増え、にやにやが止まりません。

 なぜかというと、私はただ「真面目な顔して面白いことをしていたい」からです!

 例えば、中学1年生のとき肩下まであった髪を自分でバッサリ切って、ショートカットにしたことがあります。

 両親が出かけた隙にリビングにゴミ袋を敷き詰め、文房具ハサミを持ち、リビングの上を自由に動きまわりながら盛大に好きなように切りました。帰ってきた両親は「りか! 髪の毛どこに置いてきたん!!」と言って、美容院代を渡してないのに髪が30センチも縮んだ娘を見てものすごく驚いてくれたので、私は素知らぬ顔でいつも通りテレビを見ながら心の中でにやにやしました。
(当時ゴミ袋が黒かったので髪の毛が擬態しちゃって、掃除が大変だったのが誤算だった。)

 まあそんな感じで、私のようにいたって普通な人間が密かに面白いと思ってもらえるようなことをして、それが本気なのか冗談なのかわからないような絶妙な加減を探ることに喜びを感じていました。(なんてめんどくさいやつなの!)

 そしてその結果を誰かと共有したい気持ちが昔から強かったのです。

 この「共有する」は私の人生において大きなテーマであり、この行為に繋がる全てのことに力を注ぎたいと思っています。

 なぜそんなに共有したいかというと、私が運動ができなかったからです。

 運動ができないせいで友達と楽しく過ごせなかった時間は長く、「面白い」や「楽しい」を他人と共有できることは当たり前のことじゃないと知っていました。

 誰かとたくさんの色々な話を共有したいと思っているときにこの連載のお話をいただき、「ああ今回は私のそのままを書きたいな」と思いました。

 良い人でもなく天然でもなく天使でもない私のことを、良く見せたり悪く見せたりもしないで、27年間生きてきたことをそのまま伝えたいです。

 ただ運動ができないことが取り柄の私の半生を、この連載を通して一緒にたどっていただけますと幸いです。

<第2回に続く>

プロフィール
1992年、大阪府生まれ。高校在学中に神奈川県立横浜立野高校に転校し、「運動音痴のための体育祭を作る」というスローガンを掲げて生徒会長選に立候補し、当選。特別支援学校教諭、メガネ店員を経て、自主映画を企画・上映するNPO法人「ハートオブミラクル」の広報・理事を務める。
写真:三浦奈々
ロケ協力:神奈川県立横浜立野高校