遺伝子の声を聴け/『運動音痴は卒業しない』郡司りか⑦

マンガ

公開日:2020/9/15

郡司りか

 高校2年の始めに関東へ引っ越しました。

 生まれてからずっと大阪で過ごしてきたので、関東は未知で憧れの場所でした。

「東京は電信柱が1本もない近未来都市やで。」と幼なじみのお母さんから聞いていたので、引っ越し前に近所の電信柱をさすりながら「またね」と言いました。今改めて、あの関西最後の時間を返してほしい。

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 関東人に混ざり、初めて自分が関西人であることを自覚しました。

 例えば、クラスの男子がかわいいこと。私の知る限り関西に可愛い系の男子はひとりもいなくて(偏見)、私の弟を含めみんな揃ってイカつい話し方をしました。

 だから、関東の言葉を話す女子なんか、当然可愛い。教室にいる全員が少女漫画やドラマに出てくるヒロインに見えました。サザエさんのワカメちゃんにも見えたし、タッチの南ちゃんにも見えました。話し方で人の印象はこんなにも変わるのかと驚きつつ、私は関西人キャラであり続けたのです。

 高校3年生になり、塾の受験勉強の合間にお好み焼きを食べに行ったことがあります。関西から引っ越して1年が経ち、急にソースの味が恋しくなったので授業を1コマサボりました。

 関西人にとってお好み焼きとは食べたいと思ったら食べられる近さに置いておかなければいけないです。もちろん、おたふくソースも舐めたいと思ったら舐められる距離に置いておかなければいけません。けれど、私が教室でひとりソースをペロペロしていたら前後左右が空席になるだろうし、もし持参したソースのキャップが鞄の中で開いたりでもしたら教室全体がお好み焼きの玉手箱や~になるので、ここでいう「距離」とは物理的にではなく、心の距離の話です。

 関西人たるもの、常にソースの味を忘れるべからず。

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 関東にいる関西人キャラの私が関西に戻ったら、私は何になるのだろうか。そう疑問に思って、大学2年生の始めから関西弁を話すのをやめてみました。

 運動音痴も同じです。私と同じような運動音痴の人はきっと沢山いて、同じように番組に取り上げられていたら、私の代わりになっていたと思います。ということは、「私自身が何者であるか」は、関西弁や運動音痴では説明ができないようです。

 けれど、昔から一人でこっそりやってきたことにダンスがあります。

 それは、自動車の走る音や鳥のさえずり、風の音などといった日常的な音にリンクさせて、好きなように体を動かす踊りです。たまに街中の横断歩道の音にも合わせて無意識にステップを踏んだりもしますが、万が一見かけたらそっとしておいてください。

 それらは私が自分のためだけに行なっていることであり、他人と比べてまともか異常かという判断は必要ありません。ここでは運動音痴ということもどうでもいいのです。

 周りの人と比べて自分の価値を見出そうとしているときに「私って何者なの?」という疑問が出てくるのだとしたら、それには答えなくていいのかもしれない。私の得意なダンスと、ソースへの愛は誰かと比較できるものではないからです。

<第8回に続く>

プロフィール
1992年、大阪府生まれ。高校在学中に神奈川県立横浜立野高校に転校し、「運動音痴のための体育祭を作る」というスローガンを掲げて生徒会長選に立候補し、当選。特別支援学校教諭、メガネ店員を経て、自主映画を企画・上映するNPO法人「ハートオブミラクル」の広報・理事を務める。
写真:三浦奈々
ロケ協力:神奈川県立横浜立野高校