ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【10月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/21

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 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする新企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

健康なときにどんな生きかたをしていたのかがあぶり出される。命をかけた往復書簡『急に具合が悪くなる』(宮野真生子、磯野真穂/晶文社)

急に具合が悪くなる
『急に具合が悪くなる』(宮野真生子、磯野真穂/晶文社)

「生きている意味なんてない」とメイプル超合金のカズレーザーさんがYouTubeで発言していた。ふと、あの時もう1つの選択肢を選んでいたら今頃どんな人生だったのだろうと思う瞬間がある。過去の選択が良かったかどうかなんて結果論でしかないのだが、自分の選択に意味を持たせ納得しながら人生を歩んできた身としては、その考え方いいなと思った。

『急に具合が悪くなる』は、がんを患い余命僅かと宣告された哲学者・宮野真生子さんと人類学者・磯野真穂さんが「死と生」「別れと出会い」「偶然と必然」等を巡ってお互いの学問と人生を賭けてぶつけ合った20通の往復書簡だ。読者は徐々に宮野さんと死との距離が近づいているのを感じることになる。そして、タイトルの通り急に具合は悪化する。死を自覚した宮野さん、“巻き込まれる”こととなった磯野さんは、コントロールできない運命を前に、書簡に向き合い渦巻く感情を咀嚼し、時に壮絶に言葉を返していく。人生で使える文字数の限度が見えたとき、自分なら何を残そうとするのだろう。

 宮野さんは自身を「不運ではあるが、不幸ではない」と話す。「原因のはっきりした出来事ばかりが私たちの生きている世界にあるわけじゃない」――合理性を求めるだけの世界は幸せなのか? と。

 急に具合が悪くなる可能性は誰もが等しく持っている。そう思うと、誰とどう関わり、どんな生き方を望むのか強く思い描いていた方がいいと思わされた。たとえそうならなくても。

中川

中川寛子●副編集長。エッセイ、社会派ノンフィクション多め。藤子・F・不二雄作品好き。Podcast番組『奇奇怪怪明解事典』の編纂員のひとり。連載「SUSURU直伝! ラーメンのお作法」を担当。ラーメン欲がとまらない!

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特別ではない日々のことを綴った、愛おしい家族の記憶。浜島直子初の随筆集『蝶の粉』(浜島直子/mille books)

蝶の粉
『蝶の粉』(浜島直子/mille books)

 気付けば、秋たけなわ。新潟出身のわたしにとって、秋の終わりはこれから始まる長く厳しい冬の始まりを意味する。そして、肌寒さからだろうか、1年の中でもっとも憂鬱で感傷的になりがちな季節だ。『蝶の粉』は、そんなわたしの気持ちを優しく包み込んでくれた。

 浜島直子さんはモデルやタレントとして活動する傍ら、夫であるアベカズヒロさんとのユニット「阿部はまじ」として絵本の制作も手掛けている。くしゃっと飾らない笑顔がまぶしく、その場にいる人を巻き込んで元気にしてしまう凄いパワーを持っている。私にとって憧れの存在だ。

“これは何ら特別ではない、誰にでも起こりうるささやかなこと。”

 帯に書かれている通り、喧嘩ばかりしていた姉と共犯でいたずらをした日、上京後初めて両親がやってきた日、子どもを大声で叱り付ける自分が嫌で泣いた日、そんな家族との時間が美しく繊細な文章で綴られている。「この気持ち分かるなぁ…」と思うものがいくつもあった。懐かしい気持ちを思い出したり、悩みに共感しつつも、浜島さんの誠実に、時に豪快に向きあう姿に励まされ、声を出して泣いていた。気がつけば鬱屈とした気持ちがじんわりと温められ、和らいでいた。

 自分の嫌なところも、恥ずかしい部分も、悩みもがきながら受け止めていく。彼女のように真っ直ぐに、歳を重ねていきたい。憧れが一層強くなった。

丸川

丸川美喜●連載や夫婦関係や親子・育児の悩み、占いなどの特集を担当。プライベートでは1児の母。最近の悩みは子どもの好き嫌い。なぜか野菜を口いっぱい頬張っては、全部吐き出す息子に困惑。好きなのか、嫌いなのか…。


「イタリア男はモテる」はただの勘違い? オタク×イケメンのギャップに腹を抱える漫画『ミンゴ』(ペッペ/小学館)

ミンゴ
『ミンゴ』1~4(ペッペ/小学館)

 テラハ出演でも話題になったイケメン漫画家が描くイタリア人留学生の東京生活漫画が、10月発売の4巻で完結。

 オタク文化に心酔するミンゴは、生まれ育ったイタリアでは浮いた存在。思春期に他の男子がサッカーや女の子に夢中になっていた頃、ミンゴはアニメ、ゲーム、アイドルにどっぷり浸かっていた。モテからほど遠いミンゴは日本留学を果たし、バイト代をゲーセンやアニメグッズに注ぎ込んでいたが、ある日ダサTシャツの格好のままスカウトされる。「外国人なら誰でもモデルになれる」という甘言に不信感はあるけど、趣味活の資金は欲しい…。「女を見ればすぐHしちゃう」といった典型的(?)イタリア男と自分のオタキャラとのギャップに苦しむミンゴの東京生活が描かれる。カプセルホテルに興奮、ラーメンを実家に動画中継、そんな彼がチョイ悪男性向け有名雑誌レオ●の表紙モデルをドギマギしながら務める光景も笑いの連発だ。

 イケメンではないしオタクってほどでもない自分が深く共感するのは、「イタリア人としてとかオタクだからじゃなく、一人の人間として、自分が好きな人に自分を認めてもらいたい!」というミンゴの心の叫び。このメッセージはきっと多くの男女に刺さるはずだ。

田坂

田坂 毅(たさか・たけし)●美術館やシンクタンク勤務を経て、編集者に。趣味の釣りで深みにハマった自分が欲しいのは、釣り道具やウェアの他に包丁や大きめの冷蔵庫など。趣味活資金は常に不足気味。


大切な人の死とどう向き合うか――やりきれない感情を浄化してくれる小説『沖晴くんの涙を殺して』(額賀澪/双葉社)

沖晴くんの涙を殺して
『沖晴くんの涙を殺して』(額賀澪/双葉社)

 家族や大切な人を亡くした経験がある人ならわかると思うが、本当に悲しい時に人は泣けないものだ。だいたい直後は泣けなくて、悲しみに嗚咽するタイミングは時間を置いてやってくる。本作は、あまりにも大切なものを失くしてしまった高校生・沖晴の物語だ。

 志津川沖晴は、9年前に津波で家族全員を亡くした。その時、彼は死神と契約し、「喜び」以外の「嫌悪」「怒り」「悲しみ」「怖れ」の感情を差し出すことで生還した。さらに死神との契約の副作用で、人間離れした怪我の治癒能力や記憶力、身体能力を手に入れたという。そんな沖晴がある日、病気で余命一年の宣告を受けた元・音楽教師の踊場京香と出会う。

 図らずして「生」を与えられた沖晴が、図らずして「死」と向き合うことになった京香と関わりを持つことで、失った感情をひとつずつ取り戻していく。

 私も5年前に母を亡くした経験がある。突然だったので、非常にやりきれない想いがあったし、当時はすべての感情が零れ落ちて、自分が自分でないようだった。だからこそ本作で、失った感情を取り戻していく沖晴に強く共感した。ポジティブな感情もネガティブな感情も併せ持つからこそ人生は味わい深いし、どんなに辛い時でも必ず優しい手を差し伸べてくれる人がいる。個人的に節目の年だった今、この小説に出会うことができて良かった。

今川

今川和広●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。映画好き。中野量太監督、二宮和也さん主演の映画『浅田家!』に笑い、そして涙。『沖晴くん〜』とは違った手ざわりの優しい感動がこちらにもありました。


これぞ正しい“読書体験”! 静かな興奮と感動に包まれるSF作品『息吹』(テッド・チャン/早川書房)

息吹
『息吹』(テッド・チャン/早川書房)

 初めて読んだ時、それこそ“ページをめくる手が止まらなくなり、子供のころのように本を抱えながら寝落ちした”作品、それがこの“現代SF界最高の作家”とも称されるテッド・チャンの17年ぶりの作品集『息吹』だ。全9編の物語は、科学と生命、仮想と現実、自由意志と決定論などが見たことも味わったこともない形状や質感で、脳の隅々にひたひたと浸透していく感覚をくれる。

 表題作『息吹』はある仕掛けで永遠の命を得ている人びとが暮らす世界で、科学者が精密機械のような自分の脳を解剖し、生命と世界の秘密に触れる。現実とは似ても似つかない異世界の話なのに、真理を求めるさまは人類が自らの生命の仕組みをひもといてきた歴史のようでもある。最終的にこの物語は私の生命と地続きのものであるという不思議な実感を得て、切ないくらいの感動を覚えた。

 言葉の表現というものの地平の広さと醍醐味ってまさにこれだよなぁ。本書は読む人にとって“新しい体験”になると思う。個人的には本書冒頭にある著者本人の「日本のみなさんへ」のメッセージもぐっときた。本文読了後に読むと、ご本人の人柄をより実感できるのでおすすめです。

遠藤

遠藤 摩利江●アニメチャンネル担当。『東京BABYLON』アニメ化に大興奮しつつ、2021年が舞台だと星史郎さんの肩パッド姿は拝めないのか…と世間諸姉と一緒に寂しく思う面もあり…。社会問題と向き合うテーマ満載の内容がさらにアップデートされていくのは素晴らしいので楽しみで仕方ない。


棋士になれなかった若者たちに教わる夢の残酷さと尊さ『将棋の子』(大崎善生/講談社)

将棋の子
『将棋の子』(大崎善生/講談社)

 本書を手に、電車で人目もはばからず泣いて、のちに鏡を見てびっくりした。目の周りのアイメイク、ファンデーションがごっそりとれている!

「将棋世界」の編集長だった著者の大崎さんが描くのは、成田英二さんという棋士を目指した青年のその後をたどる北海道への旅と、合間に思い出される夢破れた若者たちのこと。

 成田さんが棋士(プロ)ではないことに出だしでふれつつ、その後の回想で描かれるのは、幼いころの成田さんとの出会い。成田さんは周囲の大人が「名人になる」と噂する天才将棋少年だった。まるでマンガのような登場シーンがガツンとくるのは、そんな少年でもプロになれない、将棋界の厳しさを一瞬で読者に理解させるからだ。

 思い出を美化してしまうことはままあるが、挫折をすべての不幸の理由にしてしまうこともあるのだろう。死ぬまで自身を支えてくれた両親の死を挫折と結びつけ、棋士になれてさえいれば、と考え苦しむ成田さんへの著者の思いが切ない。

 大崎さんとの再会時、まさにどん底にいた成田さんが、エピローグで語る近況には涙が止まらなくなる。将棋で名人にはなれなくとも、成田さんは将棋を愛し、将棋に愛されていた。夢の残酷さを教えるようで、同時に尊さを感じさせてくれる感動のノンフィクションだった。

宗田

宗田 昌子●マンガ、たまに文庫本を読みながら寝落ちする日々。「将棋×エンタメ特集」を機に本書を手にし、ノンフィクションのパワーと将棋の魅力を学習中。連載を担当するオズワルドさんの「オズワールドカップ2020 in 東京」観覧後、頂点への期待が止まらない。


「都合のよくない世界」で生きる人間は、終末を前に何をつかむのか。『滅びの前のシャングリラ』(凪良ゆう/中央公論新社)

滅びの前のシャングリラ
『滅びの前のシャングリラ』(凪良ゆう/中央公論新社)

『2012』という映画がある。『インデペンデンス・デイ』などで知られる、ローランド・エメリッヒ監督の作品だ。ありきたりな物言いだが、いわゆるディザスター映画は、ガチの危機にさらされた人々がどんな行動に出るのか? を描くから面白い。なのだけど、『2012』はピンチの原因が地殻変動で、人々を救う巨大な箱舟が突如登場する無茶な設定、主人公は子育てを放棄して奥さんに愛想を尽かされたしがないSF作家で共感できない、など、「なんだ、地球破壊したかっただけか」と感じてしまう内容だった。「破壊のマエストロ」をもってしても、終末を撮るのは難しいのだ。

『流浪の月』で本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんの『滅びの前のシャングリラ』は、まさに「終末に直面した人間は何を考え、どう行動するのか?」が描かれた作品だ。4編の物語のプレイヤーたちは、それぞれに生きづらさを抱え、明るい未来を見出すことができず、心のどこかで「明日世界が終わってもいい」と思っている。彼らは、現実に虐げられている。前作『わたしの美しい庭』も同様だが、自分は凪良さんの作品に「都合のよさ」を感じることがなく、それがとても心地いい。世界は優しくなんかないし、思い通りに物事が進むことなんてほとんどない。だからこそ、心から欲しいと願った小さな幸せが目の前に現れる瞬間は、尊い。本作を読んで、そんなことを思った。

清水

清水 大輔●音楽出版社での雑誌編集や広告営業などを経て、20年7月よりダ・ヴィンチニュース編集長。四半世紀以上応援している柏レイソルが、ルヴァンカップ決勝に進出。新国立競技場でのファイナルが、楽しみすぎる!