きっかけは荒れ果てた実家の畑だった!? 人気産直ECサイト「食べチョク」誕生秘話/Tシャツ起業家①

ビジネス

公開日:2021/5/16

Tシャツ起業家』から厳選して全6回連載でお届けします。今回は第1回です。多くの人から支持されている産直ECサイト「食べチョク」。ユーザーと生産者が直接つながることで見えてくる「豊かな食の未来」を示しながら、一次産業の変革に挑み、自身をアップデートし続ける起業家の思考法に迫る初の著書です。

Tシャツ起業家
『365日 #Tシャツ起業家 「食べチョク」で食を豊かにする農家の娘』(秋元里奈/KADOKAWA)

まえがき

 朝、目が覚めると、わたしは紺色Tシャツから新しい紺色Tシャツに着替えて仕事を始めます。

 かつて目指していた金融系のビジネスパーソンがパリッとしたスーツに身を包むように、わたしにとってTシャツは「戦闘服」です。

 その胸元には「食べチョク」のロゴがプリントされています。鏡越しにその文字を見つめるたび、「よし、今日も頑張ろう」と気合いが入るのです。

 

 みなさん、はじめまして。秋元里奈と申します。わたしは現在、「ビビッドガーデン」という会社の代表取締役社長を務めています。会社の主力サービスは「食べチョク」です。そう、毎日着ているTシャツにプリントされているのは、わたしが運営するサービスの名称です。

「食べチョク」は生産者さんと一般のお客さまとをつなぐ、オンラインの直売所です。全国各地でこだわりの野菜やお肉、お魚などを生産している生産者さんたちが登録されていて、お客さまはお気に入りの生産者さんから直接それらを購入できるようになっています。

 サービスが正式にスタートしたのは2017年8月。当初は売上が2万円という月もあり、何度も「もうダメかもしれない……」とくじけそうになりました。けれど、生まれつき負けず嫌いだったわたしは、決して諦めませんでした。

 実はこれまで様々なIT企業が一次産業領域に進出しては不採算を理由に撤退することを繰り返してきました。そんな歴史もあり、ITそのものへの不信感も強かった全国の生産者さんの元を自分の足で直接訪れながら、一次産業に貢献したいというわたしの思いについて説明をして回りました。その結果、2020年12月現在で登録してくださっている生産者さんの数は3300軒を突破しています。

 また、投資家にも食べチョクTシャツ姿でプレゼンテーションを続け、資金調達にも成功。2020年8月には、総額6億円の資金を調達し、それ以前の調達額も合わせた総額は8・4億円になりました。

 10月には数ある産直ECサイトの中で、「お客様認知度」「お客様利用率」 「お客様利用意向」 「Webアクセス数」 「SNSフォロワー数」 「生産者認知度」 の6つの項目でNo.1を獲得。コンスタントに月間100万人以上のお客さまが訪問し、2020年の年間流通総額は数十億円規模になりました。生産者さん1人あたりの月間最高売上は、野菜705万円、果物829万円、畜産物972万円、水産物1479万円にもなっています。テレビや雑誌などのメディアでも大きく取り上げていただくことが増えてきました。

 

 子どもの頃、わたしの実家では農業を営んでいました。広々とした畑に遊びに行くのが大好きで、ときには草むしりの手伝いをすることもありました。たっぷり日差しを浴びて育った野菜はどれも瑞々しく、同級生たちがわたしの畑について話しているのを聞くと、とても誇らしい気持ちになったものです。

 ところが、わたしが中学生のころに実家の農業は廃業しました。その後、社会人になった頃のことです。実家が農家であることを知り合いに話したら興味を持ってくれたことがきっかけとなり、久しぶりに畑を見に行きました。ところが幼い頃の思い出の中にある色鮮やかだった畑はなく、荒れ果てていました。美味しそうに実る作物がひとつも見当たりません。

 呆然とするわたしの耳には、幼い頃から繰り返し母に言われていた言葉がよみがえっていました。

「農家は継がなくていい」
「農業は儲からないのよ」

 子どもだったわたしに対して、母は一体どんな気持ちでその言葉を投げかけたのだろう。もっと早くその言葉の意味を理解していれば、こんな風に色鮮やかだった思い出の畑を失わずに済んだのかもしれない。どうして、それに気づけなかったのか。わたしは、自分を責めました。そして思ったのです。農業の業界に貢献したい。太陽の下で汗を流し、懸命に野菜を作っている農家さんたちが報われる社会をつくりたい。荒れ果てた畑を見て絶望する、わたしみたいな人間をひとりでも減らしたい。

 

 そのときの気持ちが、「食べチョク」につながりました。全国各地でこだわりの作物を作り、家畜を育て、魚を獲っている生産者さんたちのなかには、こだわっても正当な利益を得られず途方に暮れている人たちがいます。既存流通は食材を安定供給するために重要な仕組みで、規格に合った商品であれば全量を買い取ってくれたり、コンテナのまま出荷できて手間が少ないなどのメリットがあります。一方で、既存流通は生産者自身が価格を決めることができず、サイズや色などの規格により一律の金額でしか買い取ってもらえません。つまりどんなに味にこだわっても、そのこだわりは価格には反映されないのです。わたしは、自分で価格を決めて、付加価値をつけて売ることができる選択肢もあってもいいのではないかと考えています。そしていま、「食べチョク」を通じて、全国の生産者さんに新たな価値を届けようとしています。

 

〝起業家〞というと、もしかしたら遠い人だと思われてしまうかもしれませんが、私は決して特別な人間ではありません。実は学生時代はとにかく安定志向で大企業への就職が一番だと思っていました。人前で話すことも苦手で、まさか千人を超えるイベントでプレゼンテーションをしたり、テレビに出演することになるとは思ってもいなかったですし、特にそれを望んでもいませんでした。

 

 本書には、そんなわたしがなぜ、どうやって現在に辿り着いたのか、自身の半生を綴りました。出来ないこと尽くしだった幼少期、自分を変えようと一生懸命だった学生時代、働くことの意味を見つめ直した前職であるDeNAでの日々、そしてすべてを捨てて起業し、「食べチョク」を立ち上げるまで……。あらためて振り返ってみると無鉄砲で、ただがむしゃらに走り続けてきたな、と思います。

 また第2部では、よくいただく質問への回答をQ&A形式でまとめさせていただきました。まだまだ経営者として成長過程にいるわたしの言葉がどこまで参考になるかわかりませんが、「やりたいこと」に向かっている人、あるいはまだそれを見つけられていない人、夢を大事にするすべての人たちの心に届くことを願っています。

 

 そして巻末には実際に「食べチョク」を活用していただいている生産者さんへのインタビューと、日頃応援していただいている方々からのメッセージを掲載させていただきました。本書が、「食べチョク」について知るきっかけになれば幸いです。

 

 そして、もしもわたしの考えに賛同してくださるのであれば、これから先、日々わたしたちの食を支えてくれている全国の生産者さんたちを、どんな形でも良いので応援していただけると、大変うれしく思います。

<第2回に続く>

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