1位「0 (ゼロ)」/山中拓也『他がままに生かされて』スピンオフ企画「#他がまま推しエッセイ」

エンタメ

公開日:2021/5/28

 山中拓也初著書『他がままに生かされて』の刊行を記念した特別短期連載。4月にTwitterで #他がまま推しエッセイ のハッシュタグで読者の好きなエッセイを募集。その中で特に人気の高かったBEST3を特別に全文公開します!

山中拓也

0 (ゼロ) (第3章 p.146-149)

 僕の人生は、人と繋がり広がっている。幼少期も、音楽と触れ合うようになってからも、そしてメジャーデビューしてからも。そして僕は、デビューして2年目ぐらいのタイミングで、音楽的に秀でた同い年の男と出会った。その男の名は、米津玄師。共通の知人からの紹介で知り合ったのだが、当時から彼の音楽性はずば抜けていた。独特なメロディーライン、言葉の選び方、創造力…どこを取っても個性が光っている。

 当時の僕は、自分に何があるのかをまだ探している途中だった。正直、彼のように音楽的に秀でたものを持っている人間を羨ましいと思っていたし、自分が頑張ったところで追いつけるか疑問すら感じていた。バンドとして戦うステージが上がっても、まわりを見ればそれ以上の強者だらけ。

 そういう人と自分を比べては、自己嫌悪に陥ってしまう。時間のあった大学時代を、音楽の勉強に充てていたら、もっと自信の持てる武器が手に入れられたのだろうか。結局、自分にはなんの価値もないんじゃないかと思い、これまで生きてきた人生を否定するようになっていた。

 初対面で浴びるように酒を飲んだ僕は、抱えている不安や羨望を彼にぶつけた。

「俺はキミみたいな特別な人を見ているとイライラする。自分がなにもできていないって劣等感が襲ってくるし、実際俺にはなにもないから見ているだけですごく悲しくなる。今までの人生ずっとそうやった」

 こんなことを言っても仕方ない。誰かがなんとかしてくれるわけではない。そう思ってはいたが、口から出る言葉は止まらなかった。

「大学時代もクズみたいな生活しかしてなかったし、音楽のことを専門的に勉強してる人には敵わん。あの頃、もっと音楽に対して真剣に興味を持っていたら、今よりもいい曲を作れていたのかもしれん。もっと言えば、子どもの頃に親の敷いたレールからはみ出ていれば、俺にも自分の武器だと思えるものが手に入っていたのかも。もう俺、自分の人生に後悔しかないわ」

 僕がマシンガンのように話したあとで、彼は静かに言葉を紡いだ。

「0(ゼロ)が一番強くない? 自分にはなにもないと思っている人間や、他人よりも劣っているっていう感情ほど強いものはないよ。そういう人間のことを俺は最強だと思っているけどね」

 彼は、何を言っているんだ? 理解が追いついていない僕を手助けするように言葉を続ける。「天才って才能がある人のことでしょ。でも才能は有限だから、吸収できないことも多い。だけど、常に人より足りないと思って、スポンジのように吸収するお前はどんどん成長していけるよ。変なこだわりもないだろうし、自分の形を柔軟に変えていける。そうやって変化した結果、とんでもない化け物になる可能性しか感じない」

 彼の目を見れば、本気でそう思っていることが分かる。簡単に「お前には才能あるよ」と受け流すこともできただろうが、彼は真剣に僕の悩みに向き合い、自分の気持ちを言葉にして届けてくれた。僕の不満に光を当ててくれた彼に、僕は感謝している。

 このタイミングから、僕はゼロという武器を手に入れた。どれほど汚い感情だって、120%自分というスポンジに吸収させていけば成長へと繋がっていく。悲観的になってしまうことはマイナスだと思われがちだけど、それが強さに繋がるなら、今までの人生は無駄じゃないはずだ。辛い経験を後悔して終わるんじゃなくて、そこから這い上がるような力に変えたい。

 彼の言葉を聞いたとき、自分が救われる感覚のほかに、もうひとつ感じたことがある。それは、自分が羨ましいと思っていることは、その人にとってそんなに良いものではないのかもしれないということだ。おそらく、どのフェーズに進んだとしてもみんな同じように悩んでいる。僕の低い声が好きだと言ってくれる人がいても、僕にとっては長年コンプレックスでしかなかったように、僕の羨んでいる才能に苦しんでいる人もいるのかもしれない。この一連の流れをきっかけに、米津とは一緒に旅行に出かけるくらい気心の知れた友になった。

 

 ここまで読んでくださった人には伝わっていると思うが、僕は決して強い人間ではない。過去を振り返ってみると、弱いからこそ生まれた楽曲ばかりだ。僕の世の中に対する不満、自分に対してのコンプレックス、そういうものが歌に反映されている。弱さを隠すことなく吐いた言葉で、この場所まで来ることができた。

「ロックは弱い人間が鳴らす音楽」

 何度もライブで伝えてきた言葉だ。僕たちは、弱くても前に進む。その姿を見て、あなたの世界が少しでも変わってくれたらと思っている。

 僕の汚い部分に光を当ててくれるのは、いつだってそばにいる誰かだった。だから、今度は僕があなたに光を届けたい。僕の放つ光は、太陽のように人を温めたり、笑顔にすることはできないかもしれない。だけど、僕が今までもらった光を、僕なりに届けていくことはできる。

 あなたが生きている暗い世界を照らす光となりますように。

 暗い道であなたが一人取り残されませんように。

山中拓也●1991年、奈良県生まれ。ロックバンドTHE ORAL CIGARETTESのヴォーカル&ギターであり、楽曲の作詞作曲を担当。音楽はじめ、人間の本質を表すメッセージ性の強い言葉が多くの若者に支持されている。17年には初の武道館ライブ、18年には全国アリーナツアーを成功におさめ、19年には初主催野外イベント「PARASITE DEJAVU」を開催し、2日で約4万人を動員。20年4月に発売した最新アルバム『SUCK MY WORLD』は週間オリコンチャートで1位を獲得。