SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第4回「お嫁においで」

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公開日:2021/10/27

 私は平静を装いながら、どちらに向くのかわからない持ち手にドキドキした。こっちを向くか、はたまたあっちのままか。もしくは。

 すると彼女はサッと周囲を窺ったように見えた。多分だが私もその視界の中にいた。すると彼女は迷うことなくピッチャーの持ち手をあっちとこっちの中間、即ち真ん中に据えたのだ。

 天晴れ、絶妙だ。文句なしに満点の行動だった。気を遣ったことを相手に悟られることのない気遣い。粋である他ならない。私は心の中で拍手を送った。

 しかし次の瞬間、彼女は驚くべき行動をとった。一度は真ん中に据えた持ち手を、自分の手首をグイッと返して180度反対側の位置に向け直したのだ。

 なるほど真意は明白だった。この行動は対面に私がいることを踏まえ、彼女の左側にサラリーマンと思しき男性が座っていたからに他ならない。右利きであるはずの彼女がわざわざ持ち手を左側に向け直したこの行動は、私の中の満点を悠然と超えてきたのだ。

 水を飲むことも忘れて、私は黙って席を立った。本当ならば彼女に握手を求めたかったが、堪えて背を向けた。

「ごちそうさまでした」

 店を出た私は空を仰いだ。

 お嫁さんにするならどんな人がいい?

 私はこれからこの質問に、「最良な持ち手の位置を選択できる人」と答えるのだろう。

 情に厚い人ってどういう人?

 私はこれからこの質問に、今日の日のことをこれまで以上のカロリーを用いて説明をすると思う。しかし相手がそこまでの返答は求めていなかったという状況をもうカタストロフィとは思わない。簡潔ではないが明確に、しっかりと結んだお嫁さん像が出来たからだ。

 見上げた先は果てしなく、ちっぽけな私の視野などに収まり切ることのない青が目の奥でぢんと沁みた。何十億人と生きるこの世界にあの機微を持つ人間がどれだけいるのだろう。

 出会える出会えないは別である。そしてその「最良な持ち手の位置を選択できる人」が私のような面倒くさい男をお婿さんにしたいと思うかどうかもまた、別である。

 駅に向かって歩き出すが、間も無く私は駅とは反対方向に進路をとる。今日は少し歩こうじゃないか、例え当て所がなくとも。少し歩こう。

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渋谷龍太●1987年5月27日生まれ。ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2005年にバンド結成、2009年メジャーデビュー。2011年レーベルを離れ、インディーズで活動を開始し、年間100本のライブ活動をスタート。大型フェスにも参加し、2018年には日本武道館単独公演を開催。2019年に兵庫・ワールド記念ホールと2020年1月には東京・国立代々木競技場第一体育館で初のアリーナ単独公演を開催。チケットを即日ソールドアウトさせる。結成15周年を迎えた2020年4月にメジャー再契約。2021年、「愛しい人」がドラマ『あのときキスしておけば』(テレビ朝日系)の主題歌に、「名前を呼ぶよ」が映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用された。また、自身最大キャパとなるアリーナツアー「SUPER BEAVER都会のラクダSP〜愛の大砲、二夜連続〜」を日本ガイシホール、大阪城ホール、さいたまスーパーアリーナで開催。自身”初”のドキュメンタリー作品「The Documentary of SUPER BEAVER 『東京』 Release Tour 2022 ~東京ラクダストーリー~」が9月28日(水)に発売。ニューシングル「ひたむき」を11/30(水)にリリースする。

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