苦しいとき、逃げたくなるときに、自分を「解き放つ呪文」とは。『昨夜のカレー、明日のパン』/佐藤日向の#砂糖図書館㉙

アニメ

公開日:2021/10/30

佐藤日向

 人間関係の構築というのはとても難しい。「親しき中にも礼儀あり」という言葉があるように、どれだけ長い間一緒に過ごしたとしても相手に対して礼儀を欠いてはいけない。

 それでも長い時を過ごすことで、以前は気にならなかった相手の不可解な行動が目についたりする瞬間がある。そう思ってしまう私は心が狭い人間なのかもしれない、と思ってしまったことが多々ある。

 今回紹介する木皿泉さん作の『昨夜のカレー、明日のパン』という作品は、”考え方は人それぞれなのだ”ということを私に教えてくれた。

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 知っている方もいると思うが、木皿泉さんというのは和泉務さんと妻鹿年季子さん、ご夫婦の脚本家である。作家が2人いる作品を読むのは初めてだったが、安直に優しい言葉を連ねるのではなく、現実を受け入れた状態でどうやったら前を向けるのかをサポートしてくれる、格言にあふれた作品だった。

 本作では7年前に夫を亡くしたテツコと、その夫のギフによる日常が、短編で描かれている。

 最初は「義父と嫁」の関係だった2人が、夫が居ない状態の7年の月日を経て、あだ名のように定着していって”ギフ”と呼んでいるところが、この不思議な関係に愛着が湧く所以だと思う。

 ギフは気象予報士で真面目な性格だが、ユーモアにあふれている。作中に登場する、笑う事ができなくなった女性・宝が、怒っているようで泣きそうなのを我慢しているような顔を「ムムム」と表現して以降、ムムムと呼ぶようになり、笑えるようになってからは宝という名前だから「これからはタカラジェンヌと呼ぶ」と決める。

 そんなユーモアあふれるギフはテツコに対して、そして読者に向けてハッとする言葉をかけてくれる。

「自分には、この人間関係しかないとか、この場所しかないとか、この仕事しかないとかそう思い込んでしまったら、たとえ、ひどい目にあわされても、そこから逃げるという発想を持てない。呪いにかけられたようなものだな。逃げられないようにする呪文があるのなら、それを解き放つ呪文も、この世には同じ数だけあると思うんだけどねぇ。」

 この言葉を読んだ時、胸にストンと落ちる感じがした。嫌な状況に陥ると、自分はここにしか居られないからこの場所でどうにかしなければいけないという感覚になる。だが、それはもしかすると人生の転機なのかもしれない。もしかすると「一つの場所ですら頑張れないなら、どこにいっても無理だ」と言う人もいるかもしれない。でも苦しいと感じた時点で、新しいことに挑戦するのも一つの策なのだと私は思う。

 新しい一歩を踏み出すことで出会う素敵な人がいたり、新たな自分の才能に気づくことだって出来るかもしれない。苦しい状況になればなるほど視野が狭くなりがちだが、ギフの言う通り自分の手で”解き放つ呪文”を見つけることが鍵なのだろう。

 誰からも嫌われずに生きていくのは難しいし、簡単なことではないが、せめて自分に対しては素直に、自分の心の言葉を実行していきたいと思える作品だった。少し心が疲れてしまった時、本作のページを捲ってみてほしい。

さとう・ひなた
12月23日、新潟県生まれ。2010年12月、アイドルユニット「さくら学院」のメンバーとして、メジャーデビュー。2014年3月に卒業後、声優としての活動をスタート。TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(鹿角理亞役)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(星見純那役)のほか、映像、舞台でも活躍中。