警察小説の名手による女性バディ・ノンストップノベル――『新宿特別区警察署 Lの捜査官』吉川英梨 文庫巻末解説【解説:東えりか】

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/29

欲望の街で“多様性”を武器に事件に挑む!
『新宿特別区警察署 Lの捜査官』吉川英梨

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

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『新宿特別区警察署 Lの捜査官』文庫巻末解説

解説
あづま えりか(書評家)

 警察小説の人気はますます盛り上がっている。その理由のひとつが女性作家の活躍だと思っている。しばよしき、たかむらかおるなみアサなどのベテランはもとより、「孤狼の血」シリーズのづきゆう、「法医昆虫学捜査官」シリーズのかわなな、元白バイ隊員で「女副署長」シリーズのまつしまなど、独特の視点から描いた物語がとても魅力的なのだ。
 なかでもよしかわはいま断トツに面白い警察小説を書くと評判が高い。二人の子供を持つ女性捜査官を描いた「はら」シリーズをはじめとした警察小説の数々は多くのファンを集めている。
 センシティブな政治や社会問題を取り上げ、優等生ではない視点や行動も否定することなく描く。その人にとっての正義は社会通念に沿わなくてもいい、というリアルな人間の姿を突き付けてくるのがこの作家の魅力だ。
 その吉川英梨が今回の小説で選んだ舞台は新宿二丁目、三丁目、そして町という歓楽街。この場所を重点的に管轄する架空の「警視庁新宿特別区警察署」はゴールデン街の南側に隣接した花園神社の裏側にあり、管轄エリアの地図上の形から「新宿L署」と呼ばれることもある。
 主人公のあらこと警部は三十九歳。この新宿特別区警察署に刑事課長代理として赴任する朝、小学校三年生の息子、ろうがインフルエンザで熱を出した。夫で警視庁本部刑事部捜査一課の警部補である新井あつしは、病気の息子を琴音に押し付け、先に出勤してしまう。ムカつく琴音だが、ふたりは警察学校の同期夫婦。今は琴音の方が階級が上になったため、夫婦間に隙間風が吹きはじめている。
 虎太郎を敦の姉に預け、新勤務地に大幅に遅刻した琴音を待っていたのは、アディダスの赤いジャージに黒のタイトスカート、ヒールが十センチ近くある黒革のブーツを履き黒いダウンコートを羽織った女だった。派手ないで立ちで横柄な言葉遣いのどうばらりつ巡査部長は琴音の部下で、現在三十五歳。レズビアンであると公言している。
 その六花によると、歌舞伎町一丁目のホテルで殺人事件があったという。ただちに現場に向かう琴音。現場検証の立ち合いには間に合った。
 殺されたのは鳥取県に住むなか、四十三歳。スーツケースに半身を突っ込んだ全裸状態で発見された。死体発見直後、従業員がノコギリを持った男に襲われたが、その男は凶器を持ったまま逃走中だ。犯人は同宿していた十八歳の息子、なおだったのか? なぜか部屋には男性用性がんが残されていた。
 現場には琴音の直属の上司にあたるむらしたひさのり刑事課長も臨場していた。歌舞伎町の鬼刑事とささやかれるこわもてだが、なぜか六花には非常に甘い。
 死体を発見した従業員に事情聴取しているじましようすけ刑事は敦と琴音の仲人なこうどでもある。しかし琴音は今年五十歳になるベテラン刑事、木島の階級も越してしまった。
 現場検証後、所轄署に捜査本部が設置される。土地勘をつけるため琴音は六花とともに管轄内をまわることになった。六花は、高校時代から通い詰めたこのかいわいのちょっとした顔だ。刑事としての才能を見抜かれ、村下が警察官にスカウトしたのだ。
 管内の道は狭く、新宿通りややすくに通りはすぐに渋滞する。駐車場を見つけるのも一苦労。だから、ふたりは自転車で疾走する。戦前戦後のこのあたりの歴史にも詳しい六花からL署付近の成り立ちを教えられる琴音。性玩具の出所も六花の知り合いである雑貨店だった。
 その夜、新宿二丁目のイベントスペースでまたしても殺人事件がぼつぱつした。今度は無差別殺傷事件だ。現場の階下にはたまたま六花と飲んでいた木島に合流した敦がいた。
 殺されたのはスカーレット・オハラの仮装をした六花の友人で、さっき会ったばかりの雑貨店の店長。犯人は自分の顔を出刃包丁でめちゃくちゃに切り刻んだ後、自殺した。
 二つの事件は同一犯なのか。動機は、目的は、何か。LGBTが多く集まるこの場所の事件なら、思想犯やヘイトクライムも考えられる。関係者は三百人以上だが、ほとんどが人に知られることを恐れて逃げた。お互いの身元もほとんど知らない。外では公にできない性的マイノリティたちがたどり着いたつかの間のオアシスがこの新宿二丁目という場所なのだ。
 難航する捜査の突破口はいつも六花だ。裏の事情に詳しく、長くこの街にみ、情報を取ることにけている。六花は彼らの屈折した深層心理を推理し行動を分析していく。手続きを踏まえ、正当な捜査を真正面から生真面目に行う琴音との異色のコンビの誕生だ。反発し合いつつ、お互いの欠点を補いながら真実に向かって少しずつ近づいていく。
 もう十分頑張っているのに「女性はもっと活躍せよ」、と政府は言う。子どもを持つ母は仕事を優先させることが難しいということも、もはやまちがった常識ではないのか? 能力を認められ地位や階級が上がったとしても、母として子を守ることと、仕事とを比較することはできるのだろうか。
 有能な女性ほど悩み苦しむ。パートナーと出会い子供を持ちたいと願いながら、仕事では誰よりも「出来る」人になりたい。
 性的マイノリティとひとくくりにされる人たちの心はさらに複雑だ。それぞれの持つ性の自己認識は千差万別。彼らの中でさえお互いに理解できない心と身体を持っている。
 最近ではさらに細分化した性的多様性を認めようと叫ぶ人々も、自らが持つ本当の“性”を自覚しているのだろうか。
 事件の原因も、また解決の手掛かりも「性の多様性」に起因していた。同じ時代に暮らす人間同士、お互いを認めることができないのならば、せめて生きる邪魔をしないことが平和に過ごすための一歩だと思っているのだけど間違いなのか?

 ここ数年はカッコイイ女性たちがコンビを組んだ、しびれる女性バディ小説がたくさん登場した。本書と同年に発売されたふじおり『ピエタとトランジ〈完全版〉』、第168回の直木賞候補となったいちミチ『光のとこにいてね』、70代女性二人の逃避行を描くいのうえあれてる』など、痛快な小説がめじろ押しだ。それに続く吉川英梨『新宿特別区警察署 Lの捜査官』もぜひたんのうしてほしい。

作品紹介・あらすじ

新宿特別区警察署 Lの捜査官
著 者:吉川 英梨
発売日:2024年02月22日

全く新しい『女』の警察小説!新宿歌舞伎町と二丁目で発生の猟奇事件に挑む
歌舞伎町、新宿二丁目、三丁目を管轄する「新宿特別区警察署」。その担当区域の地図上の形から、「新宿L署」と呼ばれている。その「L署」に本日着任の新井琴音警部は、小3の息子のインフルエンザで初出勤すら危ぶまれていた。夫の敦は警視庁本部捜査一課の刑事だが、琴音のほうが階級は上で、夫婦仲はぎくしゃくしている。大幅に遅刻しつつも琴音がなんとかL署に到着した途端、個性的な服装の女性部下・堂原六花巡査部長から管内で殺人事件が発生と聞く。歌舞伎町のホテルで全裸の中年女性の遺体が発見され、その女性の息子がノコギリを持ち逃走中というのだ。琴音は、レズビアンであることをカミングアウトしている六花から、L署が管轄するこの独特な界隈の歴史や情報を聞き、捜査に入る。その夜、二丁目のショーパブで六花に会った敦だが、上階のイベントスペースで無差別殺傷事件が発生。犯人はその場で自殺したが……。母であり妻であり警察署幹部である琴音と、レズビアンの異色捜査官として男性中心組織の中で闊歩する六花。
L署の他の面々と共に、事件解決に向けて奮闘する!

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