そのサムライは、福音を歌い開化を咆えた。――川越宗一『福音列車』レビュー

文芸・カルチャー

公開日:2024/5/1

歴史と歴史が激突する瞬間を活写する5篇
福音列車』レビュー

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書評:竹縄 昌

 本書はデビューから2作目の長篇小説『熱源』で直木賞を射止めた川越宗一の初の短篇集である。筆者が川越宗一を知ったのは、デビュー作となった『天地に燦たり』が第25回松本清張賞を受賞した直後だった。旧知の版元の編集者から「今度の松本賞の受賞作は素晴らしいから是非ご注目ください」という強い〝推し〟があった。一読してなるほどという感想を持ったその翌年、次作の書き下ろし『熱源』でいきなり直木賞作家となり、その後の活躍は読者諸兄もご存知の通り。先の編集者の慧眼に感服するばかりだ。(松本賞受賞の顛末は『天地に燦たり』の文庫版で当の編集者による解説に詳しい)

 作者本人に初めて会ったのは、2019年のクリスマスイブに行われた直木賞候補作家への選考会前の取材会見だった。その席で、緊張した面持ちで登場したのがういういしかった。それは受賞後のインタビューでも変わらなかったが、ロン毛の風貌にはエレキギターが似合いそうだった。実際、音楽活動を経験していたからか、いわゆる歴史物を執筆する作家とは違う空気感も醸し出していた。デビューから5年となる昨年、初の新聞連載をまとめた『パシヨン』が中央公論文芸賞を受賞した。同賞の過去の受賞者には当代の人気、実力派作家が名を連ねており、川越もその一人となった。しかし、川越宗一は謙虚である。昨年暮れに再会した時も最初の印象と変わらず、ある意味ホッとした。

 いささか前置きが長くなってしまった。さて本書『福音列車』は「ゴスペル・トレイン」「虹の国の侍」「南洋の桜」「黒い旗のもとに」「進めデリーへ」の5作品を所収する。このうち「ゴスペル・トレイン」「虹の国の侍」「進めデリーへ」が「小説 野性時代」に2019年から21年までほぼ1年ごとに発表され、そして他2作は書き下ろしである。時代は明治維新から太平洋戦争までの近代であり、その舞台は北米大陸、ハワイ諸島、西太平洋、中国大陸、そして東南アジアからインドへと、広がりを見せている。『熱源』でロシア、『パシヨン』ではローマまで舞台を広げ、すでに川越作品は世界を巡っている。これら所収の5作品から見えることは、貧困や差別にあえぐ民衆、民族が世界中に遍在し、そしてかつ、近代以降日本がいかに多くの戦争を経験してきたことか、という歴史的事実だ。

「ゴスペル・トレイン」は明治維新後、米国に留学した元佐土原藩藩主島津家の三男啓次郎が主人公。啓次郎は教会でスピリチュアルを歌う黒人たちと交流し、差別に苦しむ彼らからスピリチュアルを学び、「ソウル」とはなにか、を心に帰国、西南戦争に参戦し、急変する時代の波に呑み込まれる。

「虹の国の侍」では、貧しい御家人の次男坊で、上野戦争を戦った伊奈弥二郎が、その妻・たかと年季奉公人としてハワイに渡る。オアフ島の農場主からの激しい差別に耐えながら生きる二人。そこで一緒に働く地元の青年・エオノと出会う。エオノは農園で労働運動(ストライク)を起こし、弥二郎も加わることになるが……。

「南洋の桜」では帝国海軍士官・宮里要が、日本統治下のパラオでスパイもどきの任務を命じられる。横浜で行方をくらまし、南洋に潜入したアメリカ海軍の情報将校エリス中佐を捜せという下命だった。パラオでエリスと思しき白人の死体が見つかるが……。この作品では、著者初となるミステリー的な展開の一方、統治に苦しむ島民たちが描かれる。

「黒い旗のもとに」では、中国大陸が舞台。日本陸軍を脱走し、馬賊に身を投じた日本兵・鹿野三蔵が描かれる。騎兵である鹿野は馬術はもとより射撃の腕前も一流だが、敵兵が撃てない。戦いに絶望し、脱走の果てに馬賊団にとらわれ、その頭目・烏士瑞に出会う。烏は馬賊・黒旗団を率いモンゴル独立を目指していた。彼の志に共感する鹿野は黒旗団と行動を共にするが……。

「進めデリーへ」では、インド人の両親を持つ神戸生まれの高等女学校生・ヴィーナがヒロイン。父母が育ったインドに憧れを抱いている。父は貿易商であり、インド独立運動のシンパでもあった。昭和17年(1942)、貿易の仕事を失ったヴィーナの家族は昭南特別市(シンガポール)に移住する。一方、ヴィーナも知る父の会社の有能な日本人社員・蓮見は徴兵後、将校となった。外地に出征した蓮見はインド独立の英雄・チャンドラ・ボースと交流を持ち、さらにインパール作戦に巻き込まれることになる。同じ頃、ヴィーナはボースが発案したインド国民軍婦人部隊に入隊し「チェロ・デリー(デリーへ進め)」をスローガンにインパール作戦にも参加する運びとなったのだが……。

 この通り、独立運動も含め、幾つもの戦争に関わってきた日本や差別される民族を見逃さない視点は川越作品に共通することである。 デビュー作の『天地に燦たり』で儒学を学ぼうとする朝鮮国の青年は被差別民だ。同作の舞台の一つとなる琉球王国も日本からの圧力下にあった。直木賞受賞作『熱源』でも樺太アイヌの強制移住が描かれる。『見果てぬ王道』は西洋列強に対峙する若き日の孫文、中央公論文芸賞受賞の『パシヨン』はタイトルのパシヨンが受難を意味する通り禁教下のキリシタンの物語だ。いずれにも戦(いくさ)、戦場がある。

 執筆に際しもちろん資料は欠かせない。短篇とはいえ、資料収集も長篇並みの労力を要するという。作者は惜しみない情熱を注いでいるのである。
 一方で、彼は夕刊フジ紙でのインタビューで「短篇の書き方がわからなくて」とデビューから数年の戸惑いの中の執筆だったことを打ち明けている。しかし、先述の通り、その筆力は短篇においても活かされているのである。

 川越宗一のこれからにさらに期待もかかる。「戦後のカオスも魅力がありますが、奈良、平安、鎌倉、室町もいずれ書いてみたい」という。デビューから早い段階で直木賞を射止めた彼は、この先「賞レース」に惑わされることなく、作品づくりに臨めるのではないだろうか。
 現在は執筆の傍ら、昨年誕生した長男の子育てに忙しいそうだ。取材の際に同席していた現・担当者が「『虹の国の侍』の弥二郎とたかの夫婦像って、川越さんご夫妻を反映しているのでしょうか?」と質問したところ、「そういうのは勘弁してください」と、川越は照れ臭そうに答えていた。

作品紹介

福音列車
著 者:川越宗一
発売日:2023年11月02日

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322112001254/
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