遊川和彦「コメディはコメディ、シリアスはシリアスという芝居の枠を、 この映画で壊してみたかった」

あの人と本の話 and more

公開日:2017/1/6

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、『女王の教室』『家政婦のミタ』など数々の話題作の脚本を手がけ、このほど自らの脚本で映画監督デビューを果たした遊川和彦さん。その映画『恋妻家宮本』に込めた想い、そしてこの世界に入るきっかけとなった“笑い”のエピソードとは――。

「年をとると、どんどん面倒くさくなる。でも、自分の知らないことって、まだ周りにいっぱいあるんですよ。たとえば、妻に対してもね。時々ですけど(笑)、“こういうところがあるから、この人のことが好きなんだな”という瞬間がある。そういうのは、いくつになっても、忘れちゃいけないんじゃないかと。相手の素晴らしさや美しさを感じる、知る――知ることは、恋することと重なると思うんです」

 映画タイトルに掲げた“恋妻家(こいさいか)”という、何とも愛しい造語には、遊川さんのそんな思いが込められている。阿部寛演じる真面目な中学教師・陽平と、天海祐希がこれまでにない“主婦”の顔を見せた、しっかり者の妻・美代子。そんな宮本夫妻の物語には、つい笑ってしまうシーンが随所にちりばめられている。たとえ隣の席に知らない人が座っていても、一緒に笑い声をあげられるような“安心感”がこの映画のなかには存在する。

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「笑顔って、何が素晴らしいかというと、みんなが同じ顔をするんですよね。一番古い実体験はね、高校時代の古文の時間に“遊川和彦ワンマンショー”というのをやったとき(笑)。悪友がいたずらして、出席簿に、ある紙を挟んだんです。それを先生が読み上げて。“なんだ、これは。遊川和彦ワンマンショー? 1 片山先生の物真似、2 山本リンダ『どうにもとまらない』? 遊川、これやるか?”と言われ、“やります!”と(笑)。そのとき、教壇からみんなの笑顔が見えたんです。不思議なくらい一緒のピースマークみたいな顔をしていた。笑うと、みんながひとつになるんですね。その喜びの感覚が残っていて、それがこの世界に入る、ひとつのきっかけになった。自分がある種、身を削ることによって、みんなが喜んでくれるなら、こんなに素晴らしいことはないんじゃないかと」

 だが、みんなを笑顔にする表現をつくりだすことは難しい。殊に、本作のように、日常生活のなかから笑いを生み出していくものは。

「役者の方に訊かれたんですね。“この作品はコメディですか?”と。“コメディです”っていうと、危険なのは、役者がコメディ用の芝居を始めるわけです。普通のリアルなキャラクターから離れた芝居を。それではリアリティがなくなってしまう。あくまで人間としてやっていること、その人が一生懸命やっていることが、傍から見たらコメディに見えるという感覚でコメディは常につくらなくてはいけないと、僕は思っているんですね。コメディはコメディ、シリアスはシリアスと、芝居をはっきり線引きしちゃうところが、ドラマでも映画でも、悪しき習慣として残っているけれど」

「その枠を壊してみたかった」というのも、初監督としての抱負のひとつだった。

「他の監督がやっていないことをやってみたかった。日本人があんまり得意じゃないことを」

 エンディングに流れるのは、“わたしは今日まで生きてみました”というフレーズが心に響く、吉田拓郎の名曲『今日までそして明日から』。だが、ただ歌が流れるだけではないところが遊川作品の醍醐味。なんとキャスト全員の合唱だ。試写の際、その歌が終わってすぐさま握手を求めに来たのは、原作者の重松清さんだったという。

「そのとき、重松さんから、ひとつだけ文句がある、と言われたんです(笑)。“俺もあそこで、あの歌を歌いたかったのに”って(笑)」

(取材・文=河村道子 写真=下林彩子)

遊川和彦

ゆかわ・かずひこ●1955年、東京都生まれ。1987年、脚本家デビュー。以来、さまざまな話題作、大ヒット作を生み出す。スペシャルドラマ『さとうきび畑の唄』で文化庁芸術祭大賞、ドラマ『女王の教室』で向田邦子賞など受賞作多数。近作に『〇〇妻』『偽装の夫婦』『はじめまして、愛しています。』。

 

『コンビニ人間』書影

紙『コンビニ人間』

村田沙耶香 文藝春秋 1300円(税別)

36歳、古倉恵子は大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打つ。仕事も家庭もある同窓生たちからどんなに不思議がられても。ある日、婚活目的の新入り男性店員、白羽がやってきて……。現代のリアルな生きづらさを抉り出す第155回芥川賞受賞作。

※遊川和彦さんの本にまつわる詳しいエピソードはダ・ヴィンチ2月号の巻頭記事『あの人と本の話』を要チェック!

 

映画『恋妻家宮本』

原作/重松 清『ファミレス』上・下(角川文庫) 監督/遊川和彦 出演/阿部 寛、天海祐希、菅野美穂、相武紗季、工藤阿須加、早見あかり 配給/東宝 1月28日(土)より全国公開 
●息子夫婦が福島に転勤で旅立ち、27年ぶりの二人きりの生活が始まった宮本夫妻。その夜、夫・陽平は妻・美代子の捺印が押された離婚届を発見する。穏やかだった結婚生活のどこに問題があったのか─夫婦を巡る群像劇も魅力的な遊川和彦初監督作品。
(c) 2017『恋妻家宮本』製作委員会