村上春樹が人生で巡り会った重要な本No.1、『グレート・ギャツビー』の華麗なる(?)比較

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/23

 レオナルド・ディカプリオ主演で映画化された、スコット・フィッツジェラルドの傑作『華麗なるギャツビー』(原題は“The Great Gatsby”)がいよいよ6月14日から日本公開となる。そこで、昔の角川映画のキャッチコピーではないが「読んでから見るか、見てから読むか」ということで、現在手に入りやすい「角川書店」「新潮社」「中央公論新社」「光文社」「集英社」の各社から出ている、以下5冊の訳書を並べて違いを探してみた。まずタイトルからして各社各様だ。

大貫三郎訳『華麗なるギャツビー』(角川文庫)1957年 460円
野崎 孝訳『グレート・ギャツビー』(新潮文庫)1974年 546円
村上春樹訳『グレート・ギャツビー』(中央公論新社)2006年 861円
小川高義訳『グレート・ギャッツビー』(光文社古典新訳文庫)2009年 720円
※ 野崎 孝訳『偉大なギャツビー』(集英社文庫)は新潮社版と内容同じ 525円
(年数は奥付の初版発行年より。値段は税込)

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 一番古いのは角川書店で、今から56年前に出ている。1957年というと、現在首相を務める安倍晋三の祖父・岸信介が首相となり、先日国民栄誉賞を受賞した長嶋茂雄の巨人入団が決まった年だ。一番安いのも角川文庫だが、これは減価償却が終わっているからだろうか? また日本で一番読まれているであろう野崎孝訳の新潮文庫が出たのは、ロバート・レッドフォード主演で同作が映画化されたことを受けた39年前だが、初版は角川書店と同じく1957年。訳語には「爾来」「葉叢」「空々漠々」などの表現があり、やはり古さは否めない(それが“味”でもあるのだが)。

 現在の表紙は、中央にギャツビー役を演じているレオ様がばばーんと鎮座ましましているビジュアルが多く、角川書店、新潮社、集英社はカバーごと、光文社は統一している普段のカバーに大きな帯をかぶせて映画公開に対応している。独自路線、というか映画くらいではビクともしないのが村上春樹訳の中央公論新社だ。表紙には、作中に登場する重要な意味を持つメガネの看板をイラストレーターの和田誠が描いた絵を使用している。そして本を開くと、初めにはトーマス・パーク・ダンヴィリエという人の詩があるのだが、なぜか角川文庫だけ掲載されていない。この詩はギャツビーの想いを代弁する、重要な部分だと思うのだが……。

 またギャツビーの英国留学の名残といわれる、親しい友人に呼びかける際の口癖「old sport」だが、これも各々違う。初めてこの言葉が出てくる第3章で見てみると、野崎孝は「親友」と訳し、大貫三郎は「ねえ君」に「オールド・スポート」とルビを振って、巻末で意味を解説している。また村上春樹は「あなた」に「オールド・スポート」とルビを振り、あとがきで「20年以上悩んだが、適当な訳語はとうとう見つからなかった」と告白している。そして小川高義は会話の流れで処理し、二人称を排除している。読みやすさを優先したのだろうか? また解説が一番充実しているのは村上春樹だ。フィッツジェラルドという人について、『グレート・ギャツビー』が書かれた背景について、翻訳作業について、そしてどれほど愛しているのかを30ページも費やしてあとがきとして書いている。

 J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』や、村上春樹の『ノルウェイの森』(講談社)にもその名が登場するアメリカ文学の古典『グレート・ギャツビー』。フィッツジェラルドによる原文は非常に美しい文体でありながら、英語を深く理解していないととても読めない難しいものだという。ということで、翻訳者の苦労に感謝しながら、自分の好きな「文体」を選んで物語を楽しみ、映画ではギャツビーの舞台である大恐慌前の華麗なる時代のビジュアルを体験してみてはどうだろうか。

文=成田全(ナリタタモツ)