1996冊の文庫SF作品を詳細に解説する超濃縮本!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『ハヤカワ文庫SF総解説2000』(早川書房編集部:編/早川書房)

下北沢の書店B&Bで行われた「池澤夏樹レビューコンテスト」の授賞式で、作家の池澤夏樹さんが「書評を書くときにはとても勉強するので、書評は他人のためならず」とおっしゃっていた。読者に「その本を読みたい」と思わせる書評というのは、紹介する本を読んで得た情報と、それをもとに考えたり、新たに別の本などで調べたこと、蓄積していた知識などをつなぎ合わせたりしないと書けないものだ。その読んだ本は、これより先に書く書評のためのライブラリーとなる。よくネットなどで見かける、本から得られた知識をフックにした「◯◯を知っているだろうか」という問いかけで始まり、内容を簡単に要約して、最後に「××してはどうだろうか?」という投げかけで締めたものは書評ではなく、事実をありのままに書き記した記事でしかない。

その「書評は他人のためならず」とはどういう書評なのかがよくわかる本がある。1970年8月にエドモンド・ハミルトンの『さすらいのスターウルフ』の刊行からスタートした文庫レーベル「ハヤカワ文庫SF」が、2015年に通巻2000番台へ突入したことを記念して刊行された、史上初の完全公式ガイドブック『ハヤカワ文庫SF総解説2000』(早川書房編集部:編/早川書房)だ。全1996冊分(112、114、120、123番は未刊行)のブックレビューを一気に読むことができる(文庫の表紙が並ぶカバーやカラーページは圧巻!)。

あらすじと本にまつわるエピソード、刊行された当時の歴史的背景、作家についての情報などを絡め、さらにレトリックを使ったり、種々の問題に結びつけたり、関連する本へ言及するといった手法で、作家や評論家など様々な書き手が紹介しているのだが、基本となる文字数は20字×17行=340字という、400字詰原稿用紙よりも少ない分量だ(シリーズ物はまとめてレビューされているのでそれ以上の分量のものもある)。この記事でいうと最初の段落がちょうど340字なのだが、たったこれだけの文字数で「読みたい」と思わせる魅力が凝縮されているのだ。また今回、記念の2000番を飾った『ソラリス』はプロ・アマを問わないレビューコンテストを行い、勝ち残った大森望氏と中野善夫氏によるレビューが2本並んで掲載されている。プロの書き手が同じ本をどう紹介しているのかを読み比べできたのは、とても興味深かった。

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話は冒頭の授賞式に戻るが、池澤さんは「気に入った書評家ができると、紹介される本を次々と買いたくなるのでお金がかかります」ともおっしゃっていた。確かに筆者も本書に掲載されているレビューで気になり、買いたいと思う本が何冊かできた(厳選しないと歯止めが利かなくなる!)。このように、本書は昔からSF作品を愛読するオールドファンが埋もれた作品を見つけるのにも適しているし、「PROJECT ITOH」としてアニメ化された『屍者の帝国』『ハーモニー』『虐殺器官』といった伊藤計劃氏の作品(『屍者の帝国』のみ伊藤氏の没後に円城塔氏が引き継いで完成させた)などからSFに興味を持った若い読者にもぜひ読んでもらって、新たな本との出会いを見つけるのに役立ててほしい。

ハヤカワ文庫SFには“名作”が数多くある。『2001年宇宙の旅』『タイタンの妖女』『猿の惑星』『タイム・マシン』『山椒魚戦争』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『宇宙の戦士』『ミクロの決死圏』『華氏451度』『宇宙戦争』『失われた世界』『高い城の男』『われはロボット』…まだこれらの名作を読んだことがない人は、まずコンパクトにまとまった本書のレビューで内容や背景を知ると、物語の世界へ入りやすくなると思う。

本書を読んだ人は歓喜…いや、もしかしたら絶望するかもしれない。「面白そうな本がまだこんなにたくさんあるのか!」と。しかしハヤカワ文庫SFは2000番を突破した後も続々と新作のリリースが続いており、2015年11月の段階で2040番まで進んでいる。ビッグバン以降、果てしなく広がる宇宙のように…。

文=成田全(ナリタタモツ)