戦場に潜む「日常の謎」を解く! 奇妙な青春ミステリがえぐり出す人間の姿とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『戦場のコックたち』(深緑野分/東京創元社)

「戦い」と「料理」、そこに潜む「日常の謎」

1941年、ドイツではナチスが台頭し、ヨーロッパで生まれたその火種は、世界中を巻き込み大戦へと流れ込んでいった。そして、アメリカでもその戦いへと赴く兵士の勧誘が始まることになり、多くの若者たちが時代の流れに乗り遅れまいと志願していくこととなる。

1944年6月、ノルマンディー上陸作戦。これが、小説『戦場のコックたち』(深緑野分 /東京創元社)で兵士として志願した主人公たちの初陣だ。ただその姿は、前線で戦う兵士としてイメージされるものとは少し異なっている。

主な武器はナイフとフライパン。そう、彼らは特技兵(コック)なのだ。本作品は、戦場のコックたちの目線で描き出された「戦い」と「料理」を通じて、そこに生まれた「日常の謎」を、連作方式で描いていく不思議な手触りのするミステリ小説となっている。

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「料理」によって拡散される、「日常」と「非日常」の境界線

本書は、もちろん戦争もののフィクションということができるだろう。だが、私たちの日常に深く関わっていて切り離すことができない「料理」というものを切り口にすることで、「日常」と「非日常」の境界線を曖昧なものにしていく。

この小説のなかでは、私たちが「日常」的に使用し五感を通じて知覚された風景が、20世紀半ばの「戦場」とも陸続きになっており、「非日常」のなかで読み手の身体を麻痺させることを許さないでいる。またその効果は、後方支援、つまり裏方の視点を導入することによって、より強化されているといえるだろう。

小説に「共感」というものがどれほど必要なものなのか分からない。けれども、料理と裏方の視点を導入することで、そこに現代日本に暮らす私たちにとっての共感がここには生まれている。その切り口によって、私たちの生活とフィクションの世界、異なる2つの時空間が接続される。

灰色の不安がゆっくりと、たちこめてくる世界で

本作品には、人間の営みというものの変わらなさ、それに対する諦念のようなものも漂っている。決して過去には戻ることのない時間。その時間の存在によって、人びとの前に立ち現れては消えていく「幽霊」のような記憶。痺れるように疼く傷の数々、そして、そこに生まれる祈り。

ぼんやりとした不安が漂いはじめた現在の世界情勢に、まるでシンクロして過去の物語がここに召喚されたような、そんな読後感を覚えた。世界中の、そして私たちの身近にあるコンフリクト。そして、そこに生まれる摩擦のなかにも、日常生活を送る人びとが存在する。人間が暮らす場所には、決してやめることができない日常が横たわっているのだ。そのことを本作品は、強く印象付けてくれる。

「この世は白でも黒でもない。灰色の世界だ。この曇天のように、気まぐれに濃淡を変えてしまう、陰惨で美しく、郷愁めいた灰色が、どこまでもどこまでも覆っている。」

そこには人間存在の哀しみとともに、到来することのない神のような、微かな灯りも見え隠れしているのではないだろうか。

文=中川康雄