背景にある歴史の闇や人間の暗部に注目。「怖さ」から楽しむ絵画『新 怖い絵』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『新 怖い絵』(中野京子/KADOKAWA)

悲しいかな、私にはアートに関する才能がまるでない。それゆえに何となく芸術の世界に踏み込みきれずに知識も浅いままなのだが、なぜかこんな私の周囲には芸術に長けた人、関心の強い人が少なくない。ところが彼らに誘われて同行したり、才能とは裏腹にふと絵をたしなみたいなどと思い美術館に足を運んでみたりするものの、いまいちどのような観点で鑑賞すれば良いのかわからず楽しみ方を模索しているうちに時間が過ぎてしまったりすることがある。

そんな私のような絵の構図や色使いがわからず、作品の価値の理解に苦しむ芸術に疎い人間でも深く自然に作品を楽しむことができるよう導いてくれる本がある。『新 怖い絵』(中野京子/KADOKAWA)だ。タイトルを見てかなりの邪道な見解かユニークさを重視した内容かと思いきや、それは偏見であった。本書はオペラなどに関する名著や連載も多く持つ中野京子氏による著作らしく、楽しみながらも芸術を深く広い学問的な見解や知識でしっかりと学べるようになっている。とは言え、絵のタッチや構図などの難しい話が延々と綴られているというわけではない。描いた人間の人生や作品の背景に隠された暗部、宗教や神話と共に存在する歴史の闇から生まれる「怖さ」を感じながら、まるで物語を読むように絵画を鑑賞することができるのだ。

たとえば、本書で紹介されているフラゴナールの「ぶらんこ」という名画。絵画とは疎遠であったはずなのに、検索してみたら見覚えがあると感じた人はなかなかの『アナと雪の女王』通だ。主人公の1人アナが「生まれてはじめて」を歌いながら絵画の画中の人物に扮するシーンがある。その中に「ぶらんこ」が登場するのだ。

advertisement

「ぶらんこ」にはスカートを翻しながらブランコを揺らす女性と、彼女のスカートの中に視線を送り、目を見開き興奮した面持ちの男性が描かれている。一見愛し合う2人の明るくも“エロティックな遊戯”として描かれたように見える作品だが、右端に描かれた1人の男の存在がその平和をかき乱す。ブランコを一生懸命に押す存在感の薄い男こそ女性の夫なのだ。当時のヨーロッパでは結婚は跡継ぎを生むための契約であり、中でもフランスではお役目が済めば男性だけではなく女性も浮気が暗黙の了解で許され、嫉妬は野暮と考えられていたらしい。そんな怖い時代背景のある本作は『アナと雪の女王』ならずとも本物の愛とは何なのかを問う、昨今でも興味深い一作となるであろう。

「自画像」というタイトルでピエロに扮した自分を描いたジョン・ゲイシーをいう人物をご存じだろうか。耳にしたことがない名であると眉をひそめないでほしい。彼の職業は画家ではない。33人の人間を殺した殺人者なのだ。世界的ベストセラーとなったスティーブン・キングの『IT』に登場するピエロのモデルとなった男性で現在は死刑を受けてこの世にいない。未成年者への性行為により実刑を受け離婚。出所後に再婚し、なぜか地元の名士となるも彼の犯罪は秘かに続けられる。本書で紹介されているゲイシーという男が積み重ねてきた罪やピエロという存在のホラー性を知った上でこの作品を鑑賞してみると、ただのピエロの絵と思っていた作品から何か恐ろしいものがジワジワと心に訴えかけてくるように感じるかもしれない。

凶悪な殺人鬼であった彼が刑務所で描いた作品はカルト的な人気を集めてマニアの間では高値で取引されているという。芸術とは技術的なことに限らず人それぞれの感じ方や読み取り方で評価が決まるのかもしれない。だからこそおもしろいのだろう。

本書でそれぞれの絵画の裏に隠された怖い物語を知ってから鑑賞してみると、グッと作品との距離が近づく。難しいと思っていた作品が自然に楽しめる作品として心にするりと入ってくるようになるのだから不思議なものだ。

前作の『怖い絵』(中野京子/KADOKAWA)の大ヒットを受けた最新作としてカーロ、シャガール、フリードリヒといった新たな画家たちも登場し、新鮮に楽しめる内容となっている。もちろん彼らの名前を耳にしたこともないという人でも楽しめるようになっているのでご安心を。

絵画とお近づきになりたいと心秘かに思い続けているけれど芸術のハードルの高さに躊躇してしまっていた人は、本書で紹介されている“物語を読むように楽しむ”ことができる鑑賞スタイルで絵画に親しんでみてはいかがだろうか。

文=Chika Samon