横浜駅が自己増殖して人類を支配! 18きっぷ、Suika、エキナカ…緻密なディテールが奇想をリアルにする『横浜駅SF』が話題!!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『横浜駅SF』(柞刈湯葉:著、田中達之:イラスト/KADOKAWA)

 小説投稿サイト「カクヨム」の第1回WEB小説コンテストSF部門で大賞を受賞した柞刈湯葉の『横浜駅SF』。

 その物語の舞台となるのは、現代から数百年の歳月が流れた日本。長期にわたった“冬戦争”によって人間による文明社会は壊滅状態に陥り、本州のほぼ全域が自己増殖を続けて膨張していく横浜駅に覆われていた。人々は体にインストールされたSuika、横浜駅構内ネットワーク“スイカネット”、そして自律走行する自動改札によって監視される“エキナカ”を社会の基盤とし、横浜駅支配以前の人類文明社会の記憶はほぼ消失。横浜駅の浸潤が及ばない小さな岬「九十九段下」で駅からの廃棄物を頼りに暮らす非Suikaコミュニティで生まれたヒロトは、そんなエキナカから追放された東山という男から“18きっぷ”を託される。5日間限定という有効期限はあるものの、これがあればSuikaを持たない人間でも横浜駅構内に入場できる。子供の頃から「エキナカの世界を見たい」と願っていたヒロトはついに横浜駅に入場を果たすのだが、それは人類を横浜駅の支配から救うことになる冒険の第一歩だった――。

 奇想天外という他ない本作の発想が生まれたのは、『横浜駅は「完成しない」のではなく「絶え間ない生成と分解を続ける定常状態こそが横浜駅の完成形であり、つまり横浜駅はひとつの生命体である」と何度言ったら』という著者自身のネタツイート。これがアイデアの核となって、物語として拡大。カクヨム掲載時から話題を読んでいたが、第1回カクヨムWeb小説コンテストSF部門大賞を受賞して書籍化。さらにスピンオフ短編やコミカライズ展開と、まさに本作の横浜駅同様に大きな広がりを見せている。

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 生命体のように自己増殖していく横浜駅――本作の読みどころは、そんな荒唐無稽な出オチ感漂うネタを現実社会の歪みを投影したリアリティのある本格的なSFに仕上げているところだ。「横浜駅が増殖するってどういうこと!?」と誰もが最初に思う疑問にもしっかり答えが用意されており、その奇想がほとばしった仮想未来のディテール描写の数々には思わず興奮を覚えずにはいられない。券売機の音声メッセージや構内アナウンスといった“耳馴染み”のあるネタに思わず笑わせられると同時に奇妙なグロテスクさ、強烈なディストピア感があいまって、実にユニークな作品世界を作り上げている。

 いつもどこかしら工事をしていて、いつまで経っても増改築が終わらないターミナル駅にイラついたり、困惑したりした経験がある人なら、この世界がきっとハマるはず。文字通り「読んだことのない」面白さを味わい尽くしてほしい。

文=橋富政彦

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