元天才少年作家と、編集者を目指す女子高生で描くブルーライト文芸。編集者として的確で情熱的な少女に、少年は応えるのか?

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/5/2

この物語を君に捧ぐ"
この物語を君に捧ぐ』(講談社)

 近年、ライト文芸のなかでも一つの潮流として認識され始めた「ブルーライト文芸」。しばしば青色を基調としたエモーショナルな印象の表紙が用いられることにちなんで名付けられたこの作品群は、田舎や郊外の夏を舞台にしていたり、ヒロインとの出会いから喪失までが描かれていたりと、頻出するモチーフにも特徴がみられ、若年読者層から人気を博している。

 森日向氏の『この物語を君に捧ぐ』(講談社)もまた、そんなブルーライト文芸の系譜に位置しつつ、かつて天才小説家として世を賑わせた少年と編集者志望の少女を主人公に、文芸創作をめぐる苦悩と喜びが描かれた鮮烈な一篇だ。

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 無気力な日々をおくる高校3年生の柊悠人には、周囲の誰にも明かしていない過去があった。彼は中学一年生の時に小説の新人賞を受賞し、冬月春彦という筆名でさまざまな小説を手掛けて天才覆面中学作家としてもてはやされていたのだ。ところが3年前に起きたとある出来事をきっかけに筆を折り、今は家族からも離れて岐阜で一人きりで暮らしている。

 そんな彼の前に夏目琴葉という見知らぬ下級生が突如現れ、「あなたの担当編集をさせてください、柊先輩」と迫った。編集者を目指している彼女は、高校生のうちに実績を作ろうと学校の読書感想文集を読破して悠人の才能に惚れ込み、小説を書いてほしいと押しかけたのだった。悠人は断るが以後も彼女はしつこく付きまとい、強引な手段を用いながら彼に物語を書かせようとして――。

 当初は琴葉の言葉を真面目に取り合わない悠人だが、恐るべき行動力を目の当たりにして、彼女が命を懸けるほどに本気なのだと気づく。かつて己の才能に限界を思い知って心に傷を負い、何よりも好きだったはずの創作を忌避するようになってしまった悠人の前に突如現れた、太陽のように明るくエネルギッシュな自称・編集者の琴葉。「私は信じます」と悠人の才能に対する熱意を必死で伝え奮闘する琴葉は、予想外の行動で悠人を驚かせ、また編集者としての的確な仕事ぶりを見せていく。そんな琴葉にふれるうち、悠人はいつしか彼女の熱意と覚悟に応えてしまいたくなるのだった。

 悠人のような、内面に傷を抱えて少し斜に構えた少年像もまた、ブルーライト文芸にみられる人物造型といえるだろう。そして、やがてヒロインに消失の予感が訪れるのもまた、この潮流の特徴だ。すなわち、琴葉のサポートを受けながら壁を乗り越えた悠人が一歩前に踏み出したそのとき、思いがけず琴葉が病気を抱えていることが明らかになる。

 病気が発覚してのち、物語が一層加速するなかで二人に迫られるのは、生きがいを失いながらそれでもなお生きるのか、生きがいを捨てずに死を選ぶのかという、切実な問いである。琴葉がみせる並々ならぬ覚悟と情熱と、琴葉によって変わりゆく悠人。不器用でひたむきな二人がみせる選択と結末を、ぜひ見届けてほしい。

 また、本作にリズムをもたらしているのは、創作をめぐって交わされる悠人と琴葉の、時にコミカルで時に白熱したやりとりだ。そんな二人の紆余曲折を通じて、物語が生まれる現場の空気感がいきいきと立ち上がり、作品全体にみずみずしい魅力をもたらしている。そして、もがき苦しみながらも未来へと進む二人の姿に、読者自身もまた自分の足で歩んでいくための勇気をもらえるだろう。物語を愛する人すべてに届けたい、青春ストーリーだ。

文=嵯峨景子

〈講談社 ラノベ文庫編集部コメント〉

とにかく泣ける物語を読みたい――という方へ、オススメの一冊。

もしもあと1年間しか生きられないとしたら、何をするか。
――そんな、限られた命の使い方について考えさせられる青春小説です。

主人公の悠人は、高校三年生の“元”天才小説家。
そして彼の前に現れたのは、「あなたの編集者をさせてほしい」と望む高校1年生の少女、夏目琴葉。

悠人は、自分が既に作家として終わった人間であるにもかかわらず、何故琴葉がこれほどまでに「あなたと一緒に小説を作りたい」と執着してくるのかが、理解できない。

しかしその願いが、もう余命幾ばくもない彼女の最後の夢だったことを、悠人は物語の中盤で知ることになります。
どうして残された時間で一番叶えたかったことが、悠人と共に小説を創り上げることだったのか。琴葉にとって、命よりも大事にしたかった想いとは何だったのか。

全ての謎が解けるクライマックスの果てに、夏目琴葉という一人のヒロインの生き様が明かされる瞬間を、涙無しで読むことは出来ません。

少なくとも担当編集者は泣きながら読んでいた本作品、是非お楽しみください。

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