信頼を勝ち取る「全打席フルスイングツッコミ」/ツッコミのお作法⑨

小説・エッセイ

公開日:2025/1/20

超大御所歌手がバレンタインチョコと一緒にくれたもの


来年、35歳になります。とうとう40代が視野に入ってきました。まだ今のところ大丈夫ですが、脳みそはこれから衰えていく一方のはず。

いずれツッコミが全然出てこなくなって「あのー、なんだっけ……。アレじゃないんだからさ!」と、情報量ゼロの発言をしたりもするでしょう。そうなった時に「どれだよ!」と後輩からいじられて、みんなに笑ってもらえる人間になりたいと思っています。

僕はどうやらすでに後輩から“緊張しない先輩”認定されているようなので、このままいけばそんな未来がやってきそうです。でも今よりもっと年の離れた後輩が増えてきたら、またちょっと接され方が変わる可能性はあります。仕事や業界を問わず、年齢や立場が上になるにつれて下の世代と打ち解けづらくなったり敬遠されたりするのは自然なこと。わかってはいるけど、孤独感があってちょっと寂しいですよね。なめられるまではいかなくても、一緒に仕事をする後輩から軽くツッコまれたりいじられたりするくらいのほうが気楽だ、という人はいるんじゃないでしょうか。

これは「ツッコミのお作法」ではなく「ツッコまれのお作法」になりますが、そういうときに大事なのは上の立場の人が後輩に対して率先してふざけてみせることなのかもしれません。3年ほど前、テレビ東京の音楽バラエティ「本家が聴かせてもらいます!」のMCを務めました。いわゆる「歌ってみた」動画を本家であるアーティストご本人が聴くという番組で、なんとゲストに和田アキ子さんが来てくださいました。

芸能界のレジェンドとの初対面、ど緊張しながら楽屋挨拶に行かせていただきました。恐る恐る扉を開けて「初めまして、本日お世話になりますトンツカタンの森本晋太郎と申します。よろしくお願いいたします」と頭を下げた僕に、アッコさんが「よろしくねー。はい、これ」とチョコレートをくださいました。実はその日が2月14日だったんです。まさかの心遣いに「いいんですか!?」と喜んでいると、アッコさんがニヤリと笑いながら一言、「義理やで!」と仰りました。

本番中でもないのに、どこの馬の骨だかわからないような若手芸人にボケてくださるそのサービス精神に衝撃を受けました。限界まで恐縮している僕を一瞬でほぐしてくれました。そこで「本命だと思ってないですよ!」とツッコませていただいたことにより、本番も楽しく進行することができてとても助かりました。それ以降、僕はアッコさんの虜です。

どうしたって目上の人に対してはツッコミづらいものです。僕の場合は仕事なので臆せず行かないといけないんですが、芸人じゃない方が相手の場合はツッコんでいいものかどうか迷うことはあります。でも、本番前にそんな形でボケてくださったら「収録でもきっとボケてくれるし、こっちもツッコんでいいんだな」と思えますよね。それをあんなスマートにやってのけるなんて、さすが大スターです。

「この人は絶対に打ち返してくれる」という信頼の積み重ね


ここまでの話をまとめると「裏表がないこと」「自分に興味があると示してくれること」「ふざけ方を見せてくれること」が、“後輩を萎縮させない先輩”になるために欠かせない要素といえそうです。

この連載で何度か言っていることですが、コミュニケーションとは結局のところ信頼だと僕は考えています。「いじってもツッコんでも大丈夫」と思ってもらえる関係を築くには、地道に信頼を積み重ねていくしかありません。僕が後輩になめられるのは「この人に何か言ったら、絶対になにかは返してくれる」というイメージを持ってくれているからだと思います。それは舞台上で一回うまくいけばそう思ってくれるわけではなくて、「どんなときでもちゃんとバット振ってくれるんだ」という積み重ねがあるからなんですよね。残念ながら空振ることも多々ありますが。

■ツッコミ名称
全打席フルスイングツッコミ

■ツッコミ事例
「なんだよそれ!!おい!!」
「テンポだけでしゃべんな!!」
「自由すぎるだろ!アメリカ出身!?」

■解説
表でも裏でも、どんな相手のボケもスルーせず常に全力でツッコむこと。基本中の基本だが、後輩の遠慮や緊張を解除するためにも有効。

連載初回で、〈ボケロス削減ツッコミ〉と名付けて「どんなボケも絶対に切り捨てたり見捨てたりせずに必ず最後までツッコむ」という僕のポリシーを語らせていただきました。お客さんがいないところでもそのスタンスを変えないことが大事なんだと思っています。

これを読んでいる方がもし「後輩からツッコまれるぐらいの気安い存在でいたい」と思うなら、「後輩だから雑に返してもいいか」とか「後輩だから適当にいじっちゃおう」みたいなことはやめて、ひとつひとつのコミュニケーションをちゃんと丁寧に応じることがいちばんの近道なのかなと思います。そうすれば僕のように、気付いたら楽屋で後輩に囲まれていじられるような存在になれるはずです。……あれ、これって合ってますか?まあいいか、楽しいし。

(取材・文/斎藤岬)

<第10回に続く>

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森本晋太郎(もりもと・しんたろう)/1990年、東京都出身。お笑いトリオ「トンツカタン」のツッコミ担当。プロダクション人力舎のお笑い養成所・スクールJCA21期を経て、現在はテレビやラジオで活躍中。