僕が「ツッコミ」になった理由/ツッコミのお作法⑫
公開日:2025/3/3
男子校のノリでツッコんでいたら孤独になった…苦い18歳の春
後輩芸人をデリカシーなく引き合いに出してツッコミの上手い下手について語らせていただきましたが、この「ツッコミ観」は僕自身が学生時代に経験した苦い思い出も強く影響しています。
この連載は「ツッコミを通じて、人との心の距離を縮める方法を伝授してほしい」と編集者の方からお話をいただいたことから始まりました。ただ、ツッコミは人を遠ざける凶器にもなり得ます。僕は大学1年生のときにそれを身をもって理解しました。
第1回で紹介させていただいた通り、僕は幼稚園から高校までインターナショナル・スクールに通っていたという特殊な経歴の持ち主です。しかも男子校の一貫校だったので、3歳から18歳までずっと同じメンツと育ちました。それゆえに関係性はとても深く、周りはお互いのキャラクターや人間性を熟知した同性ばかりです。そんな環境で僕はツッコミとしての自我を芽生えさせました。
18歳で進学した大学は男女共学で、それどころか女子が7割ぐらいを占めるような学校でした。急激な環境の変化に順応できるはずもなく、僕は「おかしいだろ!」や「うるせえな!」など、男の旧友にするようなツッコミを初対面の女子にする"ツッコミ通り魔"になってしまいました。特に僕の場合、変にお笑いへの志があったのでいちばん厄介なタイプだったと思います。「怒ってんの?」「なんでそんな怖いこと言うの…」と引かれてしまい、どんどん周りから人がいなくなりました。
それからの毎日は孤独でした。朝になると大学に行って1人で授業を受け、昼休みになると少し遠くにある売店まで行ってコッペパンをひとつ買い、それを食べながら図書館まで歩きます。ちょうど図書館に着く頃にコッペパンが食べ終わるので、入り口のゴミ箱にパンのゴミを捨てて中に入り、午後の授業までふて寝するというのが大学1〜2年の頃のルーティンでした。文字にするとあまりにも切ないですね。
「お笑い」の肩書があれば笑ってもらえると知った
状況が少しずつ変わり始めたのは、3年生でお笑いサークルに入ってから。そこで初めてお笑いの話が通じる人やボケたりツッコんだりする人と出会えました。それまでの僕は関係値や相手の振る舞いによってコミュニケーションのとり方が変わることを知りませんでした。サークルの人たちと改めて一からコミュニケーションを図る中で「これは笑ってもらえるツッコミ」「これは関係値がないと言っちゃダメなツッコミ」「相手がボケてきていたらこのぐらいの強さで言っていい」という加減を徐々に理解していきました。黙るかツッコみまくるかという0か100しかなかったところから、お笑いサークルで過ごすうちに1〜99が存在することを知り、会話のイロハを身に着けていきました。
とはいえ、人間はそう簡単には成長できません。卒論のために入ったゼミで久しぶりにお笑いサークル以外の人としゃべるようになったとき、またしても癖でツッコんでしまいました。「これでゼミでも孤独になるぞ…」と覚悟していたら、なぜかその時だけ笑いが起きたんです。いつもと違う展開に戸惑っていると、笑っていた同級生が「さすがお笑いサークル!面白いね!」と言ってくれました。
衝撃でした。野良の大学1年生が「うるせえよ!」と言っていても怖がられるけど、“お笑いサークルの森本”になれば笑ってもらえる。“お笑い”という肩書きがあれば、僕が言っていることは「ツッコミ」として認識してもらえるんだ。僕が自分らしくあるためには、芸人という肩書が必要なのかもしれない――すでに芽生えていた「芸人になりたい」という決意が、より固まった瞬間でした。
幸いなことに、今はなんとかツッコミでご飯を食べていくことができるようになりました。もしあの時、間違いに気付かずコッペパンを4年間食べ続けた挙句芸人にもなっていなかったらと思うとゾッとします。なるべく人としゃべらずに自分を抑え続けて、たくさんの後悔とストレスを抱えた人生になっていたと思います。
この連載で散々「一般社会でこのツッコミの手法を活かすには」という話をしておきながらこんなことを言うのは申し訳ないのですが、どうやら日常にツッコミっていないんですよね。以前、会社員をしている友達から「普通の社会にツッコミっていないよ?」と言われて愕然としたことがあります。それでも僕が芸人として培ってきたツッコミのマインドが少しでも活きたらいいなと思いながら、12回続けることができました。
ツッコミを履き違えて孤立していたあの頃、お昼に食べていたコッペパンの甘いジャムとマーガリンの味が唯一の癒しでした。その栄養だけが僕を支えてくれました。きっと当時の僕と似た境遇の方もたくさんいらっしゃると思います。どうかこの連載が、誰かにとってのコッペパンになりますように。

(取材・文/斎藤岬)
<続きは本書でお楽しみください>
森本晋太郎(もりもと・しんたろう)/1990年、東京都出身。お笑いトリオ「トンツカタン」のツッコミ担当。プロダクション人力舎のお笑い養成所・スクールJCA21期を経て、現在はテレビやラジオで活躍中。