【アンジェリーナ1/3】高校の学園祭で歌ったらバンドからスカウト。「めちゃくちゃ生き急いでいるみたい(笑)」【インタビュー】
更新日:2025/2/4

ガールズバンド「Gacharic Spin」のマイクパフォーマーにして、3本のレギュラーラジオ番組を持ち、「令和のラジオスター」として活躍中のアンジェリーナ1/3。彼女にとって初の自伝的エッセイ『すばらしい!! 日々!』(文藝春秋)を開くと、22歳までの濃厚すぎる人生がつづられている。
“奥田民生に似ている”日本人の父と、スペインとフィリピンのハーフの母との間に生まれた彼女。小学生時代に子役として活動を始めるも、いじめが原因で不登校に。中学生時代には大好きな父を病気で亡くした。高校生時代には奇跡的なバンドとの出会いがあり、最近ではラジオが新たな転機となった。
まるでドラマのように目まぐるしく展開する通称“アンジー”の22年間。本人に振り返ってもらうと、「めちゃくちゃ生き急いでいるみたい」と笑った。
■「私をつくってくれたのは家族」
――『すばらしい!! 日々!』について、漫画家の江口寿史さんが描き下ろした似顔絵のカバーが素敵ですね。
アンジェリーナ1/3(以下、アンジー):江口先生を知ったのは、銀杏BOYZさんのアルバムジャケットで『ストップ!! ひばりくん!』のイラストを見たときでした。当時、私はまだ小学生で、「こんな可愛い子、見たことない!」と衝撃を受けたんです。それ以来、いつか「江口先生に描いてもらえる女の子になりたい」と思い続けてきました。今回ついにその夢が叶って、宝物になりました。「ひばりくんより可愛いんじゃない?」と密かに思っています(笑)。
――『爆笑問題の日曜サンデー』(TBSラジオ)に出演された際、「22歳で自伝本って早すぎない?」とお話しされていましたね。
アンジー:1年ほど前に出版のお話を頂いたときは、自分の知名度やキャリアを考えると、「本当に出していいのかな」と悩みました。でも編集担当の臼井さんが「アンジーはこれからきっとたくさんの人や仕事に出会うようになる。今から書き始めれば絶対にベストなタイミングで出せる」と言ってくださったんです。その言葉をお守りのように心に留めて、「出版に見合う自分になろう」と頑張りました。実際、この1年でたくさんの新しい出会いがあって、私のモットー「夢は口に出せば叶う」を実感する出来事ばかりでした。
――本書では、小学生のときに子役として活動していたことや不登校になったこと、中学生のときにお父さんを亡くされたことなどがつづられています。プライベートを明かすことにためらいはありませんでしたか?
アンジー:めちゃくちゃありました。これまでにもラジオでプライベートなことを話すことはあったんですけど、それでも今回、特に家族のことを書くのは悩む部分もありました。でも、今の私をつくってくれたのは家族やバンドメンバー、関わってくれた人たちだから、嘘はつきたくないと思って。と言いつつも、本には書けなかった話もたくさんあるんですけど(笑)。
――「私をつくってくれたのは家族」という言葉もありましたが、自身に最も影響を与えたのは?
アンジー:今までは父親だと思ってたんですけど、本を書き終えて、私の人格形成に一番影響を与えていたのは母親だったんだと気づきました。母は自分の感情に正直な人で、怒りたいときは怒るし、泣きたいときは泣く。そんな姿を子どもの頃から見ていて、「こんな風になりたくない」と思ってたんですけど、今の自分はそっくりだなって。私もステージで涙を流すときもあれば、歌っているだけなのになぜかキレてるときもあって(笑)。そういう感情の表し方が母親に似ていると思います。

■「学校じゃなく、もう一つの世界で生きていく」
――小学3年生からは子役としての活動を始めた一方で、クラスメイトからのいじめがあり、不登校になったそうですが、この頃はどんな気持ちで子役としての仕事に取り組んでいましたか?
アンジー:もともとは兄が「お芝居をやりたい」と受けたオーディションに私もついて行って、そこで事務所の方にスカウトされて子役のお仕事を始めたんです。でも私の家庭環境や、そういう仕事をしていることで目立ちたくなくても目立つ子になってしまって、いじめを受けるようになりました。そんなときに父が、「お仕事を楽しめばいいよ」と言ってくれたんです。その言葉で「学校じゃなく、もう一つの世界で生きていこう」と決めました。当時は「学校に行かない理由を芸能活動で正当化しなければ」と子どもながらに考えていましたね。
――1万人がオーディションに参加した映画『ソロモンの偽証』(2015年)の最終審査にも進んだそうですね。本作は現在も活躍する人気俳優を多数輩出しました。
アンジー:そうなんです。最後の最後で気を抜いてしまって、落ちてしまいました。めっちゃ悔しくて、今も映画を見られてないんです。当時、オーディションを受けて受かっている子たちは今も大活躍しています。「もしあのとき一緒に受かってたら、同じように…」と思うとすごく悔しい。でも受からなかったからこそ、今の自分があるわけで。アンジェリーナ1/3として生きている今は幸せなので、結果的にはよかったなって思います。
――中学生のときにお父さんを病気で亡くされて、それを機に子役の仕事は辞めてしまったんですよね。その後、音楽の道を志すようになったと。
アンジー:子役の仕事を一番応援してくれていた父が亡くなり、続ける意味を見出せなくなってしまったんです。それから父が遺したユニコーンのCDを聴いているうちに「音楽をやりたい」という気持ちが生まれて、高校も芸術系の学校に進学しました。
――その高校の学園祭で弾き語りをしているところを、現在所属している「Gacharic Spin」のバンドリーダーにスカウトされ、新メンバー加入のオーディションを受けることに。もともと「Gacharic Spin」のファンだったそうで、メンバー本人にスカウトされるなんて、ドラマのヒロインみたいな展開です。
アンジー:自分でも本当に主人公感あるなって思います(笑)。進学するときに母と「高校3年間のうちにプロになれなければ諦めて、就職する」と約束していたんです。でも今振り返ると、就職なんて絶対できないんですよ。頭も悪いし、要領も悪いし(笑)。だからこそ、このチャンスは絶対につかみ取るんだとオーディションに挑みました。

■「私、死ぬの早いんじゃないかなって(笑)」
――そのオーディションでのアンジーさんの振る舞いに感心したんです。「ベースは弾ける?」と聞かれて、「いまはまだやってませんが、必然性があればすぐ始めますし、弾けるようになる見込みはあります」と答えたんですよね。何を聞かれても「必然性があればできます」と言い切るという。
アンジー:やってみないと、自分に何ができるのか分からないじゃないですか。それなのに、経験がないからといって「できない」と決めつけてしまうのはもったいないと思うんです。だから、オーディションのときも「ベース弾けますか?」って聞かれて、ベースなんて弾いたことなかったんですけど、「できません」って答えるのも違うなって思って。だから「必然性があればできます」って答えました(笑)。
――言われてみれば確かに。でも普通なら「頑張ります」くらいのところを「できます」と言い切るところがすごいですよね。
アンジー:私、できないことの方が圧倒的に多いと思うんですけど、はじめから「やったことがないからできない」って決めてしまうのはもったいない。人生なんて、いつ終わるか分からないから。
――そうした行動力のおかげもあってか、アンジーさんの周りにはさまざまな人が集まってきますよね。本書でも奥田民生さん、神田伯山さん、太田光さん、山崎怜奈さんたちとのエピソードが語られています。人間関係を広げていく上で、意識していることはありますか?
アンジー:実は私、すごく人見知りなんです。自分から声をかけることも少ないんですけど、それでも、自分の思いを伝えることで、振り向いてくださった方がいたという感じです。
ただ、一つ意識しているのは、伯山さんから頂いた「ラジオを大切にした人にはちゃんと自分の本業に返ってくる」という言葉で、私にとってすごく大きな支えになっています。バンドに入ってからは、「自分の活動がどうバンドに反映されるか」を一番に考えてきました。ラジオを頑張ることでバンドを広めるきっかけにしたいと思っているんです。
そんな風にラジオを大事にしていたら、それに気づいてくれた方々が手を差し伸べてくださって、次第につながりが広がってきたという感じです。
――人とのつながりもそうですが、アンジーさんの人生自体、一つ一つの出来事がつながっているように感じます。最後に、自伝を出版するにあたり、改めて自身の22年間を振り返ってみていかがでしたか?
アンジー:めちゃくちゃ生き急いでいるから、私、死ぬの早いんじゃないかなって心配になりました(笑)。でも、たぶんずっとこのペースのまま生きていくんじゃないかなって。父も亡くなる直前まで好きなことを全力で貫いていたので、私もそんな風に生きたいんです。これからもずっと生き急ぎ続けるんだと思います。
取材・文=堀タツヤ、撮影=橋本篤(文藝春秋)