【Vol.10】特別審査員 辻晶さんインタビュー(後編)「子どもが3年間おもしろく読める絵本」

文芸・カルチャー

公開日:2025/1/28

『第1回 読者と選ぶ あたらしい絵本大賞』に応募される方を応援する連載企画「あたらしい絵本大賞ってなに?」。vol.10は特別審査員・CNRS准教授・東京大学IRCN赤ちゃんラボ連携研究者の辻晶さんへのインタビュー(後編)をお届けします。

辻さんの考える「おもしろい絵本」とは? 応募作品に期待していることは? 制作のヒントになりそうなメッセージをいただいています。最後までお楽しみください!

辻 晶(CNRS准教授・東京大学IRCN赤ちゃんラボ連携研究者)
フランス国立科学研究センター(CNRS)パリ高等師範学校、認知科学科にて准教授、ならびに東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN)にて連携研究者として乳幼児の言語発達と社会的相互作用の研究に従事。 IRCN赤ちゃんラボでは、子供の言語発達において社会環境がどう影響を及ぼすのかを研究している。

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子どもが3年間おもしろく読める絵本

――辻さんが『読者と選ぶ あたらしい絵本大賞』で期待する、「新しい絵本」はどんなイメージですか?

「あたらしい」という言葉で、みなさんがどんなものを想像するのかというところに、すごく興味があります。

「あたらしい」は、いろいろな方向に行く可能性がありますよね。デザインなのか、内容が新鮮なのか、デジタルを取り入れてなにかをしているのか。なにが来るのか、楽しみにしています。

――審査基準も「あたらしく」ということを意識したいと考えています。辻さんならではの審査ポイントがあるとすれば、どんなことでしょうか?

子どもの成長に沿って何年か読み続けられる絵本、幅広い年齢が楽しめる作品はいいですよね。5年間は難しいかもしれないけれど、子どもが3年間おもしろく読める絵本。例えばたくさんのコントラストがありつつ、話の内容も、大きくなるにつれておもしろくなり、後から描かれていることに気づいて新鮮な気持ちになったりするものが読んでみたいです。

あとはやっぱり、自由に想像力を働かせながら使える絵本。私自身が疲れている夜は、読み上げるだけの「なんにもしなくていいモード」があると助かりますが(笑)、元気なときは、話を発展させたり、都合に合わせて読めるような、いろいろな使い方ができる作品もすごくいいと思います。

――私も疲れている中で息子に読み聞かせをしたときに、すごく早口の「倍速モード」で読んだことがありました。そうしたら息子がすごく喜んで、それ以来その絵本は倍速で読むことになりました。大変なことをしたと思いつつ、そのやり取りを楽しんだ思い出があります。

子どもは、意外なところにくいつきますよね(笑)。

――そんな親子のやり取りを含めた、いろいろな楽しみ方ができるというのも、審査のポイントとして入ってくるとおもしろいですね。

私が絵本の監修をしたときは、ページの順序やどういう展開が一番子どもが楽しんでくれるかなどを工夫して作ったので、そういう学習面での工夫が入っていると、私も審査しやすくなりますね。

©「IRCN赤ちゃんラボ」

紙もデジタルもおもしろさの本質はそのままで

――『読者と選ぶ あたらしい絵本大賞』は、デジタルデータでの応募という点が特色です。絵本ナビとしては、実際に手に取って楽しめる紙の絵本も大切だという考えは大前提としてありますが、現実として、今の子どもたちの周りには、たくさんのデバイスやメディアがあふれています。そこで、デジタル絵本としても質の良いものが生み出せたらという、チャレンジをしています。

デジタル絵本に対して、辻さんが「ここだけは変わらないで欲しい」という部分、逆にここが拡がっていくとおもしろいと思う部分はどこですか? 絵本作りの考え方が拡がる可能性について、お聞かせください。

変わってほしくないことは、絵本の内容と絵の質です。そこは紙もデジタルも、おもしろいおはなしにしてほしいです。

デジタルならではの技術を、うまく使うのはいいと思います。今後デジタル絵本はインタラクティブな方向に向かうと思いますが、まず画面とのやり取りができるようになりますよね。ボタンをおすと何かが起きる、自分でアクションを起こした後にリアクションがあるのは学習面では良いことですし、単純に楽しいので、読み続けることができると思います。

それからデジタルにすると、個々の読み手に合わせた話にできる可能性もあるかなと思います。その人の興味によって話がどこに続くのかなど、分岐のあるストーリーづくり、ページづくりもできるのかなと。まさに子どもの興味に合わせて学習させるというのも、子どもの能力の発達によいことなので。

そこで気をつけたいのが、自動読み上げや読み聞かせ音声の利用方法です。疲れて眠いときは、大人を助けてくれる便利な機能ですが、その便利機能に頼りきりになってほしくないなと。昔はテレビ、今はスマホで問題になっていますが、テレビ番組も動画も「誰かといっしょ」に見ると、学習につながります。しかしどちらも「ひとりで」見ていると、学びにはならないのです。ですから、紙の絵本と同じような使い方でデジタル絵本を利用するのは、問題ありません。しかし子どもにひとりで見せ続けるのは、紙の絵本とはまったく違う効果になってしまうと思います。

――それからもう一つお伺いしてみたかったのですが、赤ちゃんのときの記憶を持っている人は、ごく稀ですよね。親も忘れているので、子育て1年生はさまざまなことに悩んだり、慣れない育児に疲れてしまったりすることもあるかと思います。赤ちゃんに絵本を読み聞かせる意味や、影響、可能性について教えてください。

確かに、成長すると最終的に乳児期の記憶は残っていませんが、3歳までの赤ちゃんは五感から受けた刺激を丸ごと吸収する時期で、生きていく上で必要なたくさんのことを学習します。

ネズミや鳥の実験では、赤ちゃん期に言語を聞かせなかった場合、発声ができないという結果が出ています。ですから赤ちゃんに一切話しかけることがないと、言語野が発達しないことが予測されます。まったく話すことができないというのは極端な例ですが、さまざまな発達研究の結果を見ると、3歳までにどれだけたくさん子どもに話しかけてあげるかというのが、その後の人生の語彙力に繋がっていくんですね。

赤ちゃんは、1~2歳の間に発話し始めます。それができるのは、0歳からずっと耳にしてきた音や声を脳が学習し続けてきたから。3歳までは脳の発達が活発なので、積極的に刺激を与えていくと、発達面によい影響があると思います

――「0歳1歳の赤ちゃんにも何か読んであげたほうがいいんでしょうか」と質問を受けたら、記憶に残らない時代でもやり取りをしていると何かしらがインプットされているんだよと、具体的に返答ができそうです。最後に、応募しようと思っているみなさまに、メッセージをお願いします。

子どもと周りの人のやり取りが広がるような、素敵な新しいアイデアの絵本を描いてほしいです。

――とてもためになるお話、ありがとうございました!

次回はつむぱぱさんインタビューの後編をお届けする予定です。

インタビュー: 磯崎園子(絵本ナビ編集長)
文: ナカムラミナコ

応募締め切りは2025年1月31日(金)!『読者と選ぶ あたらしい絵本大賞』の詳細はこちら

本記事は「絵本ナビ」から転載しております