家の鍵がない! 玄関前で困っていたら隣の部屋の男性が声を掛けてくれて…/おひとり様が、おとなり様に恋をして。①

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/22

おひとり様が、おとなり様に恋をして。』(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)第1回【全11回】

 アラサーの万里子は、仕事のストレスや疲れをビールとおつまみで発散する、おひとり様暮らしを満喫していた。ある夜、鍵を落として家の前で困っているところを隣人の男性・沖に助けられる。話をしていくうちにふたりは以前にも会っていたことが判明。思わぬ再開から長年恋から遠ざかっていた万里子の日常が淡く色付き始めーー。恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の、恋愛下手な大人女子によるピュアラブストーリー『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』をお楽しみください。

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『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』
(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)

すっぴんの再会

「えっ、嘘……。鍵は?」

 まだ暑い盛りの八月下旬。仕事を終えてホッとひと息つけるはずだった金曜の二十時の出来事だ。

 私、尾関万里子は、マンションの部屋の前でショートパンツのポケットに手を入れて声をあげた。ここに入れたはずの家の鍵がないのだ。

「こっち?」

 いつもの左ポケットではなく、右に入れたのかもしれないと確認してみる。でも、手にはなにも触れない。

「どこ?」

 マンションから五分ほどのところにあるコンビニエンスストアに、缶チューハイとおつまみを買いに行っただけなので、持ち物は財布と家の鍵のみ。スマホすら持っておらず、半袖のTシャツにはポケットもない。

 ショートパンツにないとすると……。

 買い物袋をガサゴソしてみたものの、それらしきものは見当たらず、顔が引きつる。

「ない……ない……」

 買ったものを全部出して袋をひっくり返したけれど、とうとう鍵は出てこなかった。

 落とした……?

 これから楽しい酒盛りの時間だったはずなのに、家に入れないなんて最悪だ。

 しかもすぐに戻るからと油断して、すっぴんに眼鏡、ラフすぎる部屋着にサンダル姿だ。胸のあたりまである長い髪は適当にまとめてお団子にしただけでぼさぼさで、会社の同僚には絶対に見られたくない。

 友達に助けを求めようにもスマホもなく、お手上げだ。

 この恰好で鍵捜しの旅に出かけなければならないなんて。せめてジーンズをはいておくべきだった。

 もしや、鍵を閉め忘れて出かけたのでは? 開いてる?と、一瞬気持ちが浮上する。

 一縷の望みをかけてドアハンドルを引っ張ってみたけれど、無情にもガチャンと音がするだけ。しっかり鍵は閉まっており、脱力した。

「あー、もうほんとに……」

 自分の間抜けさに、思わず声が漏れる。

 これでも会社ではしっかり者で通っているのに。もちろん〝猫を被った私〟が、なのだけれど。

 コンビニにしか行っていないことだけが救いだった。通った道をたどれば、きっと見つかるはず。

 あきらめの悪い私は、もう一度ドアハンドルを操作して思いきり引いてみた。しかしもちろん、開くはずもない。

 半分泣きそうになりながらドアハンドルから手を離したとき、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

「どうかされましたか?」

 声をかけてくれたのは、背の高い男性だ。

「あっ……いえ」

 シャツにネクタイ姿の彼にだらしない恰好を見られるのが気まずすぎて、うつむき加減になりながら答える。

 買い物袋を提げている彼は、おそらく隣の角部屋の住人だろう。管理会社に連絡してもらえるよう、助けを求めるべき?と考えたものの、話したことすらない人にいきなりそんなお願いをする勇気が出ず、軽く会釈をして鍵を捜すために一歩足を踏み出した。

 すると彼が口を開く。

「お隣の方、ですよね? もしかして、鍵を落としました?」

 五階建てのマンションの二階にある私の部屋の隣に、男性が住んでいることはなんとなく知っていた。よりによってこんな恰好のときに初めてのご挨拶なんて、最悪としか言いようがない。

「……は、初めまして。そうなんです。どこかで落としたみたいで」

 眉が半分ないすっぴんの顔を見られるのが恥ずかしくて、視線を床に落としたまま言う。

「それは大変だ。一緒に捜しますよ」

「とんでもない」

 藁にもすがりたいところだけれど、見ず知らずの人を私の失態に巻き込むのははばかられて、とっさに断ってしまった。

「お騒がせしました。大丈夫です」

「ふたりのほうが早いですから。落とした場所に心当たりは?」

 どうやら本気で捜してくれるようだ。

「そこのコンビニに行って帰ってきたんです。道端かコンビニの中か……」

 情けなさすぎてまともに彼の顔を見られず目を伏せたまま答えると、彼はポケットからスマホを取り出してどこかに電話を始めた。

「すみません。鍵を落としてしまったようで。そちらに買い物に行ったのですが、届いてませんか?」

 コンビニに電話してくれているようだ。

「……そうですか。捜しに伺ってもいいでしょうか? ……はい。よろしくお願いします」

 彼の言葉からして、見つからなかったようだ。がっくり肩を落とす。

「店員さんは見てないって。でも店内を捜してくれるみたいだから、俺たちは道路を捜してみましょう」

「ありがとうございます。ですけどやっぱり申し訳ないので、私ひとりで……」

 親切な人に出会えて心強いけれど、さすがに振り回しすぎだ。そう思って断ったのに、彼は首を横に振る。

「このまま帰っても気になって眠れないですって。ほら、行きましょう。ひと通り捜して見つからなかったら、管理会社に電話すればいいですし。階段? それともエレベーター?」

「本当にすみません。階段を使いました」

 私はお言葉に甘えることにした。

<第2回に続く>

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