落とした鍵を一緒に探してくれる隣人男性。初対面なのにどこかで会ったような?/おひとり様が、おとなり様に恋をして。②

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/23

おひとり様が、おとなり様に恋をして。』(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)第2回【全11回】

 アラサーの万里子は、仕事のストレスや疲れをビールとおつまみで発散する、おひとり様暮らしを満喫していた。ある夜、鍵を落として家の前で困っているところを隣人の男性・沖に助けられる。話をしていくうちにふたりは以前にも会っていたことが判明。思わぬ再開から長年恋から遠ざかっていた万里子の日常が淡く色付き始めーー。恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の、恋愛下手な大人女子によるピュアラブストーリー『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』をお楽しみください。

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『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』
(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)

 私を先導するように前を歩く彼は、マンションの廊下や階段もキョロキョロしながら捜してくれる。

 私も自分が歩いてきた場所を思い出しつつ、先に進んだ。

 マンション前の道路に出ると、街灯だけになるため途端に暗くなる。こんな状態で見つかるのだろうかと一気に不安に陥った。

「道路のどっち側を歩きました?」

「行きも帰りも、このガードレールの内側です」

 車二台がゆっくりならすれ違えるこの道路は、近所の小学校の通学路になっていて、片側に少し広めの歩道がありガードレールが設置されている。

「わかりました。キーホルダーついてます?」

「あ……。はい」

 こんなことになるなら、付け替えておけばよかった。

 そう後悔したのは、会社のお笑い好きの後輩男性が面白半分でくれたキーホルダーがついたままだからだ。

「どんなの?」

 歩道だけでなく道路にも目を凝らす男性が、何気なく尋ねてくる。

「えっと……あの……木の板に漢字で〝神〟と書いてある……」

 どう考えてもセンスがないキーホルダーを告白しなければならず、顔から火を噴きそうだ。

「髪の毛の髪?」

「いえ、神さまのほうの神です」

 正直に打ち明けると、足を止めた男性が握った拳を口にやり、笑いをこらえているのがわかる。

「すみません……。特に宗教を信仰しているわけではありませんので」

 あやしげな宗教に入信していると思われてはまずいと付け足した。

「謝る必要はないですよ。それじゃあ、神さま好きなんですか? そんな趣味あるのか?」

 彼は聞いておいて、自分でつっこんでいる。

「そういうわけじゃ……。会社の後輩の残業を代わってあげたらくれたんです」

 強制的につけられたのだけれど、面倒でそのままにしておいた私も私だ。

「なるほど。信仰してるわけじゃなくて、あなたが神なんだ」

「それもちょっと違うんですけど……」

 初めて会う人なのに、会話が弾んでいるのが不思議だ。いつもはなにを話すべきか考えすぎて、会話を楽しむ余裕なんてないのに。

「とりあえず、神ね。おい、神、出てこい」

 彼がそんなふうに言いながら再び進み始めたので、ピンチなのに口元が緩む。神さまに命令しているように聞こえたからだ。

 見つかることを祈りながら目を凝らしたが、暗いのもあって見当たらない。潔く管理会社に連絡したほうがよいのではないかとあきらめかけたとき、彼が草むらに手を伸ばした。

「いた! 神!」

「あっ、ほんとだ」

 彼が伸ばした手の先に、あのダサいキーホルダーが見えて笑みがこぼれる。このキーホルダーの存在がこれほどうれしかったことはない。

「ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」

 鍵を受け取り、頭を下げた。

 彼がいなければ、今頃途方に暮れていただろう。

「いや。なんか俺もすごくうれしい。なんだろうね、この気持ち」

 とてもいい人でよかった。

「なにかお礼を……」

 そう言ったとき、隣を車が走り抜けていき、ヘッドライトのおかげで彼の顔が初めてはっきりと見えた。明るいマンション内では、服装もすっぴんも恥ずかしくてずっとうつむいていたからだ。

 三十歳前後だろうか。すらっと通った鼻筋に、二重のはっきりした目。柔らかそうな髪は、襟足は短めで前髪が長め。清潔感あふれている。

 どこかで会ったことがあるような……。

 マンションですれ違ったのだろうか。初対面ではない気がするものの、誰なのかは思い出せない。

「お礼なんかいらないですよ」

「それでは私の気がすみません」

 ひと晩この姿で途方に暮れたかもしれないのだから、彼は恩人だ。

「うーん。それ、なに買ったんですか?」

 彼は私が持っている買い物袋に視線を送る。

「チューハイと柿の種です」

 こんなことになるなら、かわいらしいデザートにしておけばよかった。

 そんな後悔をしてもなんの意味もないとわかっていても、素敵な男性の前では、少しは女性らしいところを見せたいものだ。

 なにせ、神キーホルダーに、完全なる部屋着とサンダル、おまけに髪はぼさぼさという、隙だらけの姿なのだから。

「飲める人なんだ」

「それなりには……」

 それなりどころか、ザルだ。かなり飲める。

 けれど、これまたかわいらしさの欠片もないと、あいまいに濁した。

「それじゃあ、俺にもビールおごってください。コンビニの店員さんも捜してくれてるから、お礼に行ったほうがいいし」

 彼にそう言われて、鍵が手元に戻ってきたことで安心してしまっていた自分を恥じた。いまだ捜してくれているかもしれないのに、そこまで気が回らないなんて。

「すみません」

「なに謝ってるんですか? 電話したの俺だし、慌ててるときは冷静になれなくても仕方ないですよ」

「……はい」

 こういう立派な人に会うと、自分の情けなさにへこむ。もうお酒も浴びるように飲めるのに、大人になりきれていないと突きつけられた気がするからだ。

 幼い頃想像していた大人像と、今の自分はすさまじく乖離している。

 もっとバリバリ仕事をして、素敵なパートナーが隣にいて、いつも余裕の笑みを浮かべて人生を謳歌しているはずだったのに……。

 仕事でよれよれになり、金曜の夜のひとり酒盛りが楽しみで、彼氏どころか友達も多くなく、土日は家で引きこもり生活。

 現実はなかなか厳しい。

 コンビニまではそこから歩いて二分。到着すると、彼は私より先に店員に頭を下げてくれた。

 私も隣でお礼を言ったが、彼はまるで保護者のようだ。

 見ず知らずの私のためにここまでしてくれるなんて、本当に人間ができている。私もこうなりたいと思うお手本のような人だった。

<第3回に続く>

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