運命的な再会! 隣人の男性は祖母が生きていた頃お世話になった人だった/おひとり様が、おとなり様に恋をして。④

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/25

おひとり様が、おとなり様に恋をして。』(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)第4回【全11回】

 アラサーの万里子は、仕事のストレスや疲れをビールとおつまみで発散する、おひとり様暮らしを満喫していた。ある夜、鍵を落として家の前で困っているところを隣人の男性・沖に助けられる。話をしていくうちにふたりは以前にも会っていたことが判明。思わぬ再開から長年恋から遠ざかっていた万里子の日常が淡く色付き始めーー。恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の、恋愛下手な大人女子によるピュアラブストーリー『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』をお楽しみください。

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『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』
(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)

 祖母が亡くなり、これからについて話し合ったとき、あの古い家に住み続けるには大規模なリフォームが必要だったので断念し、マンションに引っ越した。

 ちなみに祖父は私が物心つく前に亡くなっており、どんな人だったのか記憶にない。

 祖母の死を伝えると、彼は笑顔から一転、眉尻を下げる。

「そう。残念でしたね……」

「はい。でも、その節はありがとうございました。祖母はあれから毎日散歩に行くようになって。家にこもってばかりで難しい顔をしてたのに、表情が柔らかくなったんです。あなたのおかげです」

 実は一年半ほど前、足腰が弱くなった祖母に散歩用のスニーカーをプレゼントしようと思って、スポーツ用品店に出かけた。

 しかし骨が変形気味でサイズに左右差がかなりあった祖母は、既製品のスニーカーを痛いと嫌がり、途方に暮れた。そのとき、スニーカー選びを手伝ってくれた店員が彼なのだ。

 彼は祖母の足を丁寧に計測し、オーダーのインソールを作るよう勧めてくれた。

 それまで散歩に誘っても行きたがらなかった祖母が、そのスニーカーを手に入れてから積極的に動くようになり、たくさん笑顔を見せてくれるようになってうれしかった。

「よかった。俺もうれしいです」

「あれからお礼に伺ったんですけど、お店にいらっしゃらなくて……」

 祖母がたいそう喜び、散歩がてら一緒に会いに行ったものの、彼の姿は見つけられなかった。

「俺はあの店の店員じゃなくて……」

 彼はそう言いながら、バッグから名刺を取り出して私に差し出す。

「あのスニーカーを作っているメーカーの沖俊典といいます。あの日は、たまたま市場調査のお礼のためにあの店に赴いていたんです。うちはスポーツ選手のスニーカーやインソールも作ってるから、いろいろノウハウがあって」

「そうだったんですね。レーブダッシュって……」

 名刺には、運動音痴の私でも知っている有名なスポーツ用品メーカーの名が記されている。

「ご存じですか?」

「もちろん。実は祖母のスニーカーを買ったあと、私も気に入って購入したんです」

 私はドアを開け、玄関に置いてあったスニーカーを取り出した。

「私、ちょっと甲高で。二十四センチを履いているんですけど、すごく快適です」

「おばあさんと色違いだ」

 祖母が購入した色まで覚えてくれているとは感激だ。

「はい。祖母がブラウンでしたので、私はホワイトを。これを履いて、一緒にお散歩に出かけてたんです。足が疲れなくて最高でした」

 甲高幅広の私は、仕事では無理してパンプスを履いている。そのせいか外反母趾気味でつらいのだけれど、このスニーカーを履いたときの解放感に感動した。足に合う靴の大切さを知ったのが、このスニーカーなのだ。

「俺も……」

 今度は沖さんが玄関からスニーカーを持ってきた。それが同じ型のネイビーだったので、なんだかうれしくなる。

「おそろいだ」

「うん。これ、日常生活では抜群に履きやすいんだよね。ソールがいいから足の疲れも軽減できるし。って、自社製品の売り込みみたいですみません」

 彼はお茶目に言うけれど、売り込んでくれたから祖母に笑顔が戻った。

 それに、それだけ自社製品に自信があるのだろう。

「とんでもないです。祖母の笑顔を取り戻してくださった沖さんにはすごく感謝してます」

「俺もうれしいです。……名前を聞いてもいい?」

 すっかり自己紹介を忘れていた。

「尾関万里子と申します。カーリースの会社で働いています」

「カーリースか。うちの会社もリース会社にはお世話になってるな。点検も全部やってくれて本当にありがたい」

「いえいえ。私はただの事務員でして、最近はクレーム対応係みたいになっています」

 カーリース会社にいるとはいえ、事務処理ばかりで点検なんてとてもできない。

「クレーム対応か……それはストレスたまるでしょう?」

「おっしゃる通りで、飲まずにはいられないというか……」

 金曜までストレスを溜めに溜め、思いきり飲んだくれて清算するという生活を送っている。

 そもそも営業事務なのだが、営業所の所長が顧客に対する電話対応を褒めてくれたのがきっかけとなり、クレームの電話を任されることが増えた。今日も帰りがけに対応して思いきり叱られたのもあり、ついうっかり愚痴をこぼしてしまった。

「アルコールだけじゃ体に悪いから、ねぎ塩牛タンも忘れずに」

「はい。ごちそうにまでなってしまって、本当にすみませんでした」

 沖さんにはお世話になりっぱなしだ。

「その程度でごちそうになったと言われても……。それじゃあ、ゆっくり休んでくださいね。呼び止めてすみませんでした」

「はい、おやすみなさい」

 今度こそ彼と別れて、部屋に入った。

 職場では気を使ってしまい言いたいことも呑み込みがちな私が、沖さんとこれほど会話を弾ませられるなんて。自分で自分に驚いている。

 1Kの部屋のベッドに腰かけて、買い物袋を小さなテーブルに置いたあと、祖母の足を丁寧に計測してくれた沖さんを思い出す。

 彼がサポートしてくれなければ、足に痛みがあり出かけるのが億劫になっていた祖母は、筋肉量が落ちて寝たきりになっていたかもしれない。あの出会いに感謝した。

「神だよね、彼が」

 センスのないキーホルダーを手にして苦笑する。

<第5回に続く>

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