恋人がいる生活はもう面倒…ひとりの気軽さを知ってしまったアラサー女子/おひとり様が、おとなり様に恋をして。⑤

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/26

おひとり様が、おとなり様に恋をして。』(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)第5回【全11回】

 アラサーの万里子は、仕事のストレスや疲れをビールとおつまみで発散する、おひとり様暮らしを満喫していた。ある夜、鍵を落として家の前で困っているところを隣人の男性・沖に助けられる。話をしていくうちにふたりは以前にも会っていたことが判明。思わぬ再開から長年恋から遠ざかっていた万里子の日常が淡く色付き始めーー。恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の、恋愛下手な大人女子によるピュアラブストーリー『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』をお楽しみください。

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『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』
(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)

 せっかく再会できて、しかも隣に住んでいるという奇跡まで起こっているのに、恥ずかしい姿ばかり見せてしまった。

 運がないな、私……。

 お世話になった人にばったり出くわすという、ドラマのような運命的な出来事だったのに、そこから恋が芽生えるような展開にはなりそうにない。

 まあ、見ず知らずの人のためにとっさに動けるほど優しくて、容姿も整っている彼には、それ相応の彼女がいるだろうけれど。

「ドラマはフィクションよ、フィクション」

 いい男が売れ残っているわけがない。もしパートナーがいなかったとしても、こんなずぼらな私が恋愛対象になることはないだろう。それに私も、あんな素敵な人に自分を合わせられるとは思えない。

 最近少し太って気になるようになったお腹の贅肉をフニフニとつまみながら、大きなため息をついた。

 それから食べた沖さんお薦めのねぎ塩牛タンは、かなり好みの味だった。

「やば。お酒が進む」

 飲みすぎてはいけないと、チューハイを一本だけにしておいたのだが、まったく足りない。

 今日最後の電話の後味が悪すぎて、酔って忘れたい気分だったのだ。それに加えて鍵まで落とし、今週の運勢は大凶だったのではないかと疑う。

 とはいえ、沖さんに再会できて祖母のお礼も言えたので、凶くらいかな……。

「来週は……」

 テーブルに放置してあったスマホを手にして、来週の運勢を調べてみる。普段占いはまったく信じていないのだけど、なんとなく気になったのだ。

「え……」

 思わず落胆の声が漏れた。

【週の初めから仕事のトラブルあり。週の後半は嫌な連絡があるかも。来週はおとなしくしていましょう】

 調べたことを後悔する文言が並んでいて、スマホをベッドに放り投げた。

 今週以下ということだろうか。

「普通さ……」

 少しはよいことも書いてあるものでしょう?

 もうシャワーを浴びて寝てしまおう。

 そう思った私は、缶を片づける気力すらなく、バスルームに向かった。

 

 翌日の土曜はお休み。

 朝から洗濯に掃除……なんて優等生ではないので、十時過ぎまでベッドでダラダラ過ごした。

「もう、ずっとここにいたい」

 こういう無駄な時間が、最高に気持ちいい。

 スマホをいじりながら、テレビの電源を入れる。

 見もしないテレビをつけておくのは、ひとり暮らしに慣れないからだ。なんとなく寂しくて、誰かの声を聞いていたい。

 SNSを覗くと、会社の後輩がきれいに加工したケーキの写真を載せている。これはおそらく、先週の土曜に誘われたケーキバイキングのときに撮ったものだろう。

 皿を持っている後輩の手の指先にはきちんとネイルが施されていた。

 ネイルどころか、少し伸びすぎた自分の爪を見てため息が漏れる。

「女子力、どこいったんだろ……」

 私は大学を卒業してから六年、二十八歳の今日までずっと、カーリース会社『東日本リースサポート』で働いている。

 先輩が育児休暇中で、私が事務職をまとめる役割を負っており、慣れないリーダー役に四苦八苦している毎日だ。

 その会社のふたつ後輩の児玉さんに誘われたのだけれど、忙しくて……と嘘をついて断ってしまった。

 会社ではよき先輩の仮面をかぶっているものの、休日まで一緒となると気が抜けなくて疲れてしまう。

 しかも、流行に敏感でメイクもファッションも完璧なキラキラした彼女の隣にいると、自分磨きを手抜きしていると指摘されているような気分になって、チクチク胸が痛むのだ。

「皆、元気だなあ」

 バイキングに行った三人のうちのふたりは、彼氏がいる。

 二十八歳になったのに異性の影がない私を心配した児玉さんに、『紹介しましょうか?』と言われたものの、遠慮した。

 パートナーが欲しくないわけではない。むしろ、彼氏のいる同僚をうらやましいとも思う。

 けれど、恋人がいる生活が面倒だと思ってしまう自分がいる。

 五年ほど前には恋人がいたこともあった。彼に嫌われないようにと精いっぱいおしゃれをして、会社が休みになるとデートに出かけ……。

 最初はそれが楽しかったけれど、どこか無理をしていたのだろう。彼の前では疲れたと言えず、どんどん笑えなくなっていった。

 彼は不機嫌なときには顔に出るタイプだったので、怒らせないようにと知らず知らずの間に気を張り詰めていて、デートが楽しみどころか重荷になってしまった。

 ある日、デートの約束の場所に現れない彼に電話をしたら『忘れてた。今、友達と遊んでる』と返事があった。

 朝早くからメイクをして髪をコテで巻き、彼が好みそうな洋服を纏って約束の十五分前から待っていた私は、完全に冷めて別れを決めた。

 付き合いだしてからずっと彼に合わせてご機嫌をうかがっていた私は、そこまでしても忘れられる自分の存在が虚しくなったのだ。

 心底疲れてしまったせいか、恋にあこがれはあるけれど、自分から積極的に男性とかかわろうとはしなくなった。ひとりの気軽さを知ってしまったのだ。

「いつ寝てるのよ……」

 そんな堕落した私とは対照的に、彼女たちはデートもして会社の同僚や友人とも出かけて……。どこにそんな体力や気力があるのだろう。

 祖母が亡くなるまでは、私ももう少し元気だった。足が悪く寝たきりになってしまいそうな祖母をなんとかしたいと、時間があれば近所をふたりで散歩して歩いたし、料理も手の込んだものを作ったりした。

 けれどひとりになってからは外に出るのも面倒になり、ネイルサロンに行くのと、家でダラダラするのを天秤にかけたら、迷わず後者が勝つ。

 祖母を亡くして、燃え尽きてしまったかのような……。

 終わってるな、私。

 私はむくっと起き上がって、大きく伸びをした。

 このままでいいのだろうかという不安がよぎったからだ。

「でもなあ……」

 どうしても出かける気力はない。とりあえず溜まっている洗濯でもしようと、脱ぎ散らかしてあったカットソーに手を伸ばした。

 せっかくやる気になったのだからと、ベッドのシーツも全部洗って、ブランチの時間だ。

<第6回に続く>

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