ほんのりと恋の予感…? 隣に住む男性からカフェのお誘いが!/おひとり様が、おとなり様に恋をして。⑥

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/27

おひとり様が、おとなり様に恋をして。』(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)第6回【全11回】

 アラサーの万里子は、仕事のストレスや疲れをビールとおつまみで発散する、おひとり様暮らしを満喫していた。ある夜、鍵を落として家の前で困っているところを隣人の男性・沖に助けられる。話をしていくうちにふたりは以前にも会っていたことが判明。思わぬ再開から長年恋から遠ざかっていた万里子の日常が淡く色付き始めーー。恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の、恋愛下手な大人女子によるピュアラブストーリー『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』をお楽しみください。

【30日間無料】Amazonの読み放題をチェック >

『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』
(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)

「おいしそう……」

 テレビで紹介されたエッグベネディクトに目が釘付けになる。

 一方私の前にあるのは、トーストとベーコンエッグだけ。サラダくらいつければよかったが、面倒だからまあいいやと思ってしまう悪い癖が出た。

 朝から手の込んだ料理が出てきたら、男性は感激するだろうか。

 やっぱり私には恋人を作るのは無理そうだな……。

 休日の朝くらい、彼のためにおしゃれな朝食を作るより、のんびり過ごしたいという気持ちが勝ってしまう。

 食器を片づけたあと、渋々メイクを始めた。冷蔵庫の中が空になりそうなので、スーパーに行かなければまずいからだ。

 メイクといっても、会社に行くときのようなフルメイクではなく、簡単にファンデーションを塗って眉を描いただけ。

 白いカットソーにジーンズを合わせ、レーブダッシュのスニーカーを履いて、眼鏡のまま部屋を出た。ドライアイ気味で、コンタクトはできるだけつけたくないからだ。

 すると、ちょうど隣の部屋から沖さんが出てきて、慌てて頭を下げる。

「こんにちは。昨日はありがとうございました」

「いえいえ。今日は落とさないでくださいね」

 黒のリュックを右肩にかけた彼はくすくす笑いながら近づいてくる。足元があのスニーカーだったので、そろえたみたいで面映ゆい。

「気をつけます。お出かけですか?」

「ちょっとジムに。最近体がなまってて、腹が出てきそうだから」

 彼がそう言った瞬間、思わず自分のお腹を押さえた。昨日贅肉をつかんだところを見られたかのようで、なんとなく焦ったのだ。

「沖さん、スタイルいいですよね」

 私より頭ひとつ分大きな彼は百八十センチ近くありそうだし、体も引き締まっている。つかめる贅肉なんてなさそうなのに。

「昔、スポーツやってたのでそれなりには」

「スポーツ? なんの競技を?」

「まあ、たいしたことじゃないから」

 答えを濁されて、余計な質問をしてしまったと後悔した。昨日会話が弾んだからって、友人でもなんでもないのだし。

「すみません」

「いや、大丈夫。尾関さんも出かけるんですか?」

「私はスーパーに。冷蔵庫がすっからかんで」

「俺も帰りに寄らないと」

 彼がそう言いながらエレベーターに向かって歩き始めたので、私もついていく。

「お料理されるんですか?」

「簡単なものだけね。自分のために凝った料理なんて作る気にもなれないし。って、そもそも作れないんだけど」

 完璧そうに見える彼でも、同じようなことを考えていると知り、少し安心した。

 マンションを出たあとも同じ方向で、しばらく肩を並べて歩く。

 少し前にオープンしたカフェがにぎわっており、自然と目が向いた。

「やっぱり人気店だな」

 沖さんが漏らす。

「ご存じなんですか?」

「会社の近くにもあって、時々コーヒーを飲みに行くんですけど、いつもこんな感じですよ」

『プレジール』というカフェが、チェーン店だとは知らなかった。

「あ……」

 入口の黒板スタンドに、エッグベネディクトのイラストが描かれているのに気づいて声をあげる。

「どうかしました?」

「さっきテレビでエッグベネディクトを紹介してて、食べたことがないから食べてみたいなと思ってたんです」

 本当は、こんなの作れたら男性にモテるだろうかと考えたのだけれど。

「俺もないかも」

 絶対に彼女がいると踏んでいた彼からの返事は意外だった。こういうおしゃれなカフェでデートしたりはしないのだろうか。

 久しくデートというものをしていないため、最近のお付き合いの仕方がわからない。

「仲間ですね。時代に乗り遅れそうで。……って、エッグベネディクトって最近のものですっけ?」

「それは難しい質問だ」

 流行に敏感そうな沖さんが腕を組んで大げさに言うので、笑ってしまう。

「食べてみたいんですけど……おひとりさま、いないですね」

 大きな窓の向こうの店内は、土曜ということもあってかカップルだらけだ。

「平日はおひとりさまも多いですよ。俺もそうだし。でもたしかにこの雰囲気の中、コーヒーだけならまだしも、ひとりでエッグベネディクトを食べる勇気はないな。迷惑じゃなければ一緒にどうですか?」

 思いがけないお誘いに、目が真ん丸になる。

 もちろん、そういう意味で言ったわけではなく、こんなキラキラした場所にひとりで足を踏み入れるのが怖いということだったのだけど。

「迷惑なんてとんでもないです。沖さんこそ、私に付き合うなんてご迷惑では?」

「迷惑なら誘わないですよ。市場調査というか……。クライアントと話をするときに、世間で話題になっているものを知らないと困ることもあって。……それで、エッグベネディクトって、最近流行してるんですっけ?」

「それは難しい質問ですね」

 同じように返すと、彼はおかしそうに白い歯を見せた。

 これほどリラックスして会話できるのは、祖母に幸せな時間をくれた彼が優しい人だと知っているからかもしれない。

「来週はどうですか? 予定あります?」

 社交辞令じゃないんだ……と驚いたものの、世界を広げるにはいい機会かもしれない。同僚からのお誘いは断っているので少々胸が痛いが、楽しそうで出不精の私の心も弾む。

「真っ白です」

「真っ白って……」

 彼は楽しそうに頬を緩める。

『特に予定はありません』と伝えればよかったのに、真っ白だなんて……。暇を持て余していると誤解されそうな言い方をしてしまった。嘘ではないので、いいのだけれど。

「俺もジムに行くくらいで真っ白だから、来週の土曜はどうですか?」

「ぜひ、お願いします」

 この調子では、彼女はいないようだ。いたら誤解されそうな行動は慎むだろうし。逆に言えば、私にもそういう相手がいないと知られただろう。

 恋が始まったりしないかしら?なんて期待もあるけれど、眉のないすっぴん姿を見られたことを思い出し、〝現実を見ろ〟と自分を戒めた。

 それから連絡先を交換して、別れた。

<第7回に続く>

本作品をAmazon(電子)で読む >

本作品をRenta!で読む >

本作品をebookjapanで読む >

本作品をBOOK☆WALKERで読む >

あわせて読みたい