連絡先を知ってウキウキ! 人と関わるのが面倒だった気持ちに変化が/おひとり様が、おとなり様に恋をして。⑦

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/28

おひとり様が、おとなり様に恋をして。』(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)第7回【全11回】

 アラサーの万里子は、仕事のストレスや疲れをビールとおつまみで発散する、おひとり様暮らしを満喫していた。ある夜、鍵を落として家の前で困っているところを隣人の男性・沖に助けられる。話をしていくうちにふたりは以前にも会っていたことが判明。思わぬ再開から長年恋から遠ざかっていた万里子の日常が淡く色付き始めーー。恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の、恋愛下手な大人女子によるピュアラブストーリー『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』をお楽しみください。

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『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』
(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)

 沖さんのメッセージのIDを知っただけで、こんなにうきうきしている自分が信じられない。

 人とかかわることが面倒になりつつあったのに、来週の予定が楽しみなんて。

 祖母を亡くしてから、こんなふうに思うのはきっと初めてだ。

 休日も、せめて眉くらいは描こう……。

 出かける予定のない休日は、メイクもしない。でも、万が一沖さんに会ったときにだらしない人だと思われたくない。

 眉だけじゃダメか……。

 同僚の充実したSNSの写真を思い出してため息をついた。

 

 休日明けの月曜は、雲ひとつないよい天気だった。残暑が厳しくて電車に乗るだけで溶けてしまいそうだ。

 都心にある会社までは、乗り換えなしで三十五分。それですら憂鬱だけれど、郊外に家を建てた五十代前半の所長は一時間半近くかかるそうなので、恵まれているほうだろう。

 満員の電車に揺られ、汗のせいでブラウスが肌にまとわりつくのが不快で仕方がない。

 駅から徒歩五分の会社が入るビルに到着したときには、すでにへとへとになっていた。

「ああ、人に酔った……」

 ぐうたら過ごした土日とのギャップがありすぎて、月曜は大体こうだ。それでも生活のためには仕事をしなければ。

 ハンカチで額の汗を拭いながら、五階に入居している会社に駆け込んだ。

 我が社はリース会社としては小規模で、本社と営業所合わせて五カ所のみ。法人向けのカーリースをメインに行う。売り上げのほとんどを、社用車のリースが占めている。

 メンテナンスも請け負っているため、トラブル時の電話対応もあり、そのクレーム処理が私ばかりに回ってくるのが最近の悩みの種だ。

 この営業所のトップは所長で、営業担当の男性が八名いる。様々な契約書の作成やメンテナンスの手配などは、私を含めた六名の事務職が担当しており、全員女性だ。

 事務職は、育児休暇中の三十一歳の先輩が一番年上で、その次が私になる。今は先輩がいないため、私が責任者として引っ張らなければならず、少しプレッシャーを感じている。

「おはようございます」

「おはよ」

 挨拶を返してくれた所長の目が心なしか死んでいるのは、やはり通勤ラッシュにやられたのかもしれない。

「ああ、そうだ。尾関くん」

 所長に呼ばれて、バッグを適当に置いてから向かう。

「なんでしょう」

「尾関くんが作ってくれた見積書のフォーマットがすごく評判よくて。ほかの営業所でも使いたいという声が出てるんだけど、いいかな?」

 以前使っていた見積書が使いにくくて、所長に許可を得て変更してみたのだが、それが認められたようだ。

「もちろんです。使っていただけるなんて光栄です」

 余計な仕事ではあったけれど、頑張った甲斐があった。

「それじゃあ早速連絡しておくよ。いろいろ気づいてくれるから、本当に助かる」

「恐縮です」

 私は会釈して、自分のデスクに戻った。

「尾関さん、おはようございます」

 いつも始業時間ギリギリに滑り込んでくるふたつ後輩の児玉さんが、珍しく私より先に出社しているうえ、見るからにテンションが高い。

「おはよ。なんかいいことでもあった?」

「わかります? 実はできたんですよ、彼氏」

 彼女は私の耳元でささやいた。

 それで元気いっぱいだったのか。でも、元彼と別れてから、まだ半月くらいしか経っていないような……。

「だから、ネイルも新しくしちゃいました。もっと自分磨きしなくちゃ」

「そっか。おめでとう」

 そのくらいの熱量で仕事にも励んでほしい。彼女は電話対応が嫌いで、ほかの仕事をしている振りをしてなかなか出てくれないのだ。

 それにしても、自分磨きと言われると耳が痛い。今日は眉を描いてきたものの、ネイルもしていなければ、髪もひとつにまとめただけだ。

「コーヒー淹れるね」

 もうすぐ皆そろうはず。

 部屋の片隅に置いてあるコーヒーメーカーで、人数分のコーヒーを淹れる。誰でもいつでも自由に飲めるようになっているのだけれど、朝だけはこうして誰かが準備するのだ。

 所長には砂糖もミルクもつけて……。

 全員の好みも把握済みで、必要な数の砂糖とフレッシュもお盆に用意する。

 始業十分前になると、もうひとりの後輩が手を貸してくれた。

 始業前から電話が鳴り、児玉さんが珍しく対応している。彼氏ができて頑張る気になったのならとても助かる。

「尾関さん」

「ん?」

 お盆にコーヒーをのせていると、児玉さんが呼ぶ声がして振り返った。

「お電話です」

「私に? どこから?」

「……それが、リースした車が動かないといきなり怒鳴られて、どこからかはわかりません」

 なだめて相手の名前を聞き出すのも仕事でしょう?

「私を指名されたの?」

「そういうわけでは……。クレーム対応は尾関さんがお上手なので」

 単に嫌な仕事を押しつけようとしているのだと知り、ため息が出そうになってこらえた。『怒鳴られるのが嫌なので』と正直に言ってくれたほうがまだましだ。

 いろいろ言いたいことはあったものの、待たせては怒りが増長すると思った私はすぐに電話に出た。

<第8回に続く>

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