彼女との再会で弾む心。仕事中や帰り道も彼女のことを考えてしまう/おひとり様が、おとなり様に恋をして。⑩

文芸・カルチャー

公開日:2025/3/3

おひとり様が、おとなり様に恋をして。』(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)第10回【全11回】

 アラサーの万里子は、仕事のストレスや疲れをビールとおつまみで発散する、おひとり様暮らしを満喫していた。ある夜、鍵を落として家の前で困っているところを隣人の男性・沖に助けられる。話をしていくうちにふたりは以前にも会っていたことが判明。思わぬ再開から長年恋から遠ざかっていた万里子の日常が淡く色付き始めーー。恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の、恋愛下手な大人女子によるピュアラブストーリー『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』をお楽しみください。

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『おひとり様が、おとなり様に恋をして。』
(佐倉伊織:著、欧坂ハル:イラスト/スターツ出版)

「坂田、資料は進んでるか?」

「はい。でも、まだ完成してません」

 月曜の朝は、営業統括部の全員が勢ぞろいする。

 リテール営業部から引っ張ってきた二十六歳の坂田は、成績優秀で重宝されていたが、ここでは完全に新米扱い。仕事で求められるスキルが一段階も二段階も上がるため、優秀な彼も挫折の連続らしい。

 そんな彼の指導を、この部の部長を務めている浅海から任されている。

「水曜までだぞ。困ったことがあればどんどん聞いてこい」

「お願いします」

 彼は今、とあるバドミントンの選手と用具契約について話を詰めている。まださほど注目されてはいないけれど有望株で、ラケットとシューズを提供し、試合で着用してもらうのが目的だ。もちろん、よい成績を残せば大きな宣伝となる。

 まだ実力が認められる前の選手を青田買いして、用具を提供したり遠征費を補助したりし、広報の一端を担うのがこの部署の重要な役割で、選手やチームとの交渉は日常茶飯事だ。

 過去に俺が目をつけた競泳の選手がめきめきと頭角を現し、オリンピックのメダリストになったこともあった。その選手の活躍のおかげで、ほかに広告費をかけずとも、水着やゴーグルが飛ぶように売れた経験がある。

 あこがれの選手と同じものを使用したいという子供たちは多い。

 俺自身も以前バスケットをしていたが、海外の有力選手と同じシューズを履いていた。もちろん自分の足に合っていたというのは大きいし、それで成績が伸びるわけではないのだが、いつか同じ舞台に立つのだと気持ちが入るのだ。

 坂田の進捗を確認したあと契約選手の成績を調べていると、浅海がやってきた。彼はずっと二人三脚でやってきた戦友でもある。

「お前、今日気力がみなぎってない?」

「いつもと同じだけど?」

「そうかなぁ。なんかいいことあっただろ」

 観察眼の鋭さを発揮するのは、仕事だけにしてほしい。

 尾関さんに再会できて心が弾んでいるのを知られたくなかった。『女はいらない』と言い続けてきたからだ。

「別に。いつもより少し重めのベンチプレスを上げられたくらいだ」

 といっても、アスリートやボディビルダーのように筋肉をつけたいわけではなく、体がなまらない程度にジムに通っているだけなので、たいしたことはない。スポーツ万能な浅海でも上げられるかもしれない。

「ほんとにそうか?」

 浅海が怪訝な目で見てくるけれど、気になっていた人に再会できただけの話だ。

「仕事の邪魔だ」

「はいはい。それじゃあ、またゆっくり」

 あきらめの悪い浅海は、そう言い残して離れていった。

 

 その日は坂田の資料作りを手伝っていたら、帰宅が少し遅くなってしまった。

 コンビニで弁当と、バスケ選手だった頃の癖でたんぱく質が多く摂取できるヨーグルトもカゴに入れる。ほかに野菜が不足しがちなので、野菜ジュースも追加した。

 レジに向かう途中でねぎ塩牛タンが視界に入り、手が伸びる。もともと好物なのだが、尾関さんがチューハイ片手にこれを食べている姿を想像して、なんとなく食べたくなった。

 とはいえ、さすがに遅くなった今日は、アルコールはやめておいた。明日の目覚めが悪くなりそうだからだ。

 暗い夜道をマンションに向かって進む。夜遅くに女性ひとりで歩くには、少し暗すぎる。

 毎日のように通る道なのに、そう初めて思った。

 もちろん、尾関さんのことを考えたからだ。

 あんな無防備な姿でふらふらと歩いていては、いかれた男の恰好の餌食になってしまいそうだ。

 今度会ったときに、それとなく注意してみようか。いや、大きなお世話か……。

 しばらくプライベートで女性と会話をしていないからか、どう対応するのが正しいのかまるでわからない。

 いや、それより……こんなことを悶々と考える自分がおかしかった。仕事では即断即決タイプだからだ。

「どうしたんだろう、俺」

 自分で自分がよくわからない。

 家に帰って、唐揚げ弁当をレンジで温める。その間にスーツを脱いでジャージに着替え、特に見もしないテレビをつけた。なんとなく音が聞こえてこないと寂しいからだ。

<第11回に続く>

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