最後の晩餐は誰と食べる? ずっと一緒にはいられないふたりの秘密の食卓『一緒にごはんをたべるだけ』【書評】

マンガ

PR 公開日:2025/2/12

一緒にごはんをたべるだけ大町テラス/講談社

 食いしん坊な人、食にこだわりがない人。好き嫌いが多い人、なんでも食べる人……「食べる」には、その人の人間性が表れる。料理に時間をかけるのか、外食が多いのか、または食べる速さなど、食べ方にも相手の価値観を感じたことのある人は多いのではないだろうか。本書『一緒にごはんをたべるだけ』(大町テラス/講談社)は、そんな「食べる」を通じて、人生のほろ苦さや愛情の形を描くコミックだ。

 著者は、これまでも『子どもが欲しいかわかりません』などのコミックで、今を生きる女性の迷いや人生の選択をリアルに描いてきた大町テラス氏。本書では、料理を作ることや食べることが好きな主人公・タキの「一緒にごはんを食べたい人」をめぐる物語だ。

 タキは、雑誌のレシピ連載も持つ料理教室の講師。物語は、「ただいま」と家に帰ってきた男性・レイとタキが、「最後の晩餐に何を食べる?」という話をしながら餃子を包むシーンから幕を開ける。レイは雑誌編集者で、ふたりは仕事相手として出会った。レイは、雑誌のレシピ連載を持つタキの担当で、タキの家を定期的に訪れて共にレシピを試食している。ふたりは、一緒に焼いた餃子を幸せそうにほおばる。その姿はまるで、食べ物の好みも食へのこだわりも似通った、仲の良いカップルに見える。しかし、ふたりには「一緒にごはんをたべるだけ」の関係でしかいられない理由があった。

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 自分の心を支えてくれる人や、食事などの「好き」を共有できる存在の大切さを、「ごはんを作って食べる」という営みを通じて伝える物語。タキが作る料理はおいしそうなだけでなく、食べる人への思いや、大切な人との食事の時間を楽しむための工夫に満ちている。しかし、タキとレイは、ずっと一緒にはいられない。レイとごはんを食べる時間が幸せであるほど、タキの葛藤は深まっていく。食べる喜びと、性的な欲望も含めて相手に惹かれる気持ちのリンクもスリリング。お腹が鳴りそうな料理に心躍りながらも、登場人物の置かれた状況や悩みに胸が苦しくなる、不思議な肌触りの作品だ。

 本書は結婚観についても、非常にリアルに描かれていて考えさせられるシーンが多い。惹かれ合って結ばれたのに、些細な、しかし決定的な部分のすれ違いで心が離れている夫婦。かわいい子どもに恵まれ、幸せに見える家族に刻まれている亀裂。パートナーのいる人なら多かれ少なかれ感じたことのある価値観の差や、婚姻という鎖に抱く絶望感がヒリヒリと伝わってきて、共感できる。

 とはいえ、この物語に通底しているのは、料理の楽しさと食べる幸せ。料理が趣味の人が真似したくなるレシピのアイデアも満載だ。おいしいものが好きな人、そして隣にいる誰かとの関係に悩んだことのある人の心を揺らす1冊。

文=川辺美希