おひとり様生活が台無し!? 同じマンションに苦手なキラキラ系イケメン社員が越してきた/恋より仕事と決めたけど②

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/23

恋より仕事と決めたけど』(宝月なごみ:著、大橋キッカ:イラスト/スターツ出版)第2回【全11回】

「可愛げがない」とフラれ続けた神崎志都(かんざきしづ)は、恋は諦めて独身謳歌のため仕事に邁進中。しかし志都が最も苦手な人たらしの爽やかイケメン・真城昴矢(ましろこうや)とご近所になってしまう。その上、仕事で支えてくれる甘やかし上手な昴矢にタジタジ。これは恋まであと一歩!? 恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の焦れキュンオフィスラブストーリー『恋より仕事と決めたけど』をお楽しみください!

【30日間無料】Amazonの読み放題をチェック >

『恋より仕事と決めたけど』
(宝月なごみ:著、大橋キッカ:イラスト/スターツ出版)

 エントランスから中へ入ると、通路のあちこちがブルーの養生シートで保護されていた。ポストに寄ってみたけれど、中は空っぽ。千笑ちゃんからの荷物はまだのようだ。搬入の邪魔にならないようそそくさエレベーターへ向かうと、ちょうど扉が開いて、エレベーターに乗っていた男の人がひとり出てきた。

 同じマンションの住人だからといってとくに挨拶する習慣はないので、スッと男性の横を通り過ぎようとした時だった。

「神崎さん?」

 なぜかその男性に名前を呼ばれ、ゆっくり瞬きをする。どこかで聞いたことのあるような声だった気もして、おそるおそるその人物の顔を見上げた。

 私よりも二十センチほど高いであろう、すらりと伸びた長身。ナチュラルに下ろされた前髪が軽く目にかかっているのに、そこから覗くアーモンドアイが放つ眼差しは力強い。

 中央にまっすぐ伸びた鼻筋、形のよい唇、どのパーツもたぐいまれな美しさが完璧なバランスで配置されている、俳優顔負けの顔立ち。

 彼はシンプルなセーターに細身の黒パンツというラフな服装だったが、頭の中でスーツ姿に変換すると、記憶の回路が繋がった。

「真城さん……ですか?」

 乗りそびれたエレベーターの前で彼と向き合い半信半疑で尋ねると、笑顔と頷きが返ってくる。

 でも、なぜパンドラパントリーきってのエリート営業の彼がここに?

 たしか海外に駐在していたんじゃ……。

 私が所属する営業部は国内担当と海外担当で部署が分かれていて、世界の市場を相手に大きなお金を動かす海外営業部の方が花形とされている。

 当然優秀な社員が揃っており、私より二年先輩の真城昴矢さんはその中でも出世街道まっしぐらと太鼓判を押されている人。数年前からはニューヨーク支社で、その営業手腕を発揮していたはずだ。

「忘れられてなくてよかった。先週帰国したばかりで、引っ越しやら色んな手続きに追われているところなんだ。来週からまた本社に勤務する予定だよ」

「引っ越し……? ってことはもしかして、真城さんこのマンションに?」

「そう。ちょうど今、業者のトラックが到着したって連絡もらったから、出迎えるために二十階から降りてきたところ」

 ……なんてこと。私の部屋があるのは十八階なのでフロアこそ違うけれど、同じマンションに会社の同僚が引っ越してきてしまったなんて。

 しかも、真城さんは私が苦手なキラキラ系エリートの頂点にいるような人だ。会社以外では極力関わりたくない……。

「そ、そうだったんですね。改めてよろしくお願いします」

「こちらこそ、向こうで経験してきたことを還元してみんなの役に立ちたいと思ってるからよろしく」

 好意的な反応が私とは真逆で、ぎこちない笑みを返すことしかできない。

「しかし、まさか同じ会社の人が住んでるとは思わなかった。ご家族と?」

「いえ、ひとり暮らしです。私も先月越して来たばかりで……」

「そうだったのか。ここは便利なサービスが色々利用できるし、会社へのアクセスもいいもんな」

「でも、会社の同僚が近所にいるなんてやりづらいですよね……すみません」

 真城さんは一瞬きょとんとした後、すぐに申し訳なさそうな顔になる。

「……ごめん、もしかして俺が引っ越してきて迷惑だった?」

「いえ! 決してそういう意味では……!」

 今の言い方はちょっと露骨すぎたかもしれない。気を悪くされても仕方がないと反省する。

「きみが同じマンションに住んでいることは口外しないから心配しないで。それと、女性のひとり暮らしでは困ったこともあるかもしれないし、なにかあったら頼ってくれていいから」

 屈託のない笑顔を向けられるが、心の中で『頼るわけないでしょう』と思う。

 こっちはむしろ、同じマンションにいても彼と極力顔を合わせずに済む方法を考えているくらいなのだ。

 真城さんは根っからの人たらしで、営業成績のよさもその性格が関係しているのだとは思うけれど、社交辞令はほどほどにしてほしい。

 そう面と向かって先輩に言うわけにはいかないので、仕方なく微笑みを貼りつける。

「ありがとうございます。私も真城さんのことは口外しませんのでご安心ください」

「よし、交渉成立。……そうだ、これよかったら神崎さんに」

 思い出したように、真城さんが手に提げていた紙袋を私の前に差し出した。

「引っ越しの挨拶用に準備してたんだけど、いざ挨拶に行こうとしたらうちの隣は誰も入居してなくてさ。オーガニックの洗剤で、一回分ずつ個包装になっているから使いやすいと思う。神崎さんもこれからはご近所さんだし、ぜひ受け取って」

 白地に黒の縁取りがお洒落な紙袋、そして個包装の洗剤という品物のチョイスも、さすがは真城さんと言いたくなるセンスだ。

 洗剤にとくにこだわりのない私としては、素直にうれしくなる。

「お気遣いありがとうございます。使うのが楽しみです」

「それじゃ、今後ともよろしく。貴重な休みの日に時間を取らせて悪かった」

「いえ、とんでもないです。お引っ越し頑張ってください」

「ありがとう」

 最後に向けられた微笑みは眩いオーラを放っていて、直視するのを躊躇うほど。

 彼の優秀さに憧れる社員は多くても、その屈託のなさのせいか妬まれているという話は聞いたことがない。人の心を掴むのがうまいって、こういうことなんだろうな。

 おひとり様生活を気ままに謳歌するために引っ越したのに、なんだかすごい人とご近所さんになってしまった。彼には迷惑じゃないと言ったけど、同じマンションに同僚がいるのは正直落ち着かない……。

 完全に気後れしつつ家に帰り、玄関で靴を脱ぐ。その時、シューズクロークの扉についた鏡の自分と目が合った。

「あ」

 ランニング中は知り合いにも会わないしどうせ汗をかくだろうと、すっぴんに日焼け止めを塗っただけのさっぱりした顔。

 私、この状態で真城さんと話していたのか……。

 家族や恋人ほど親しいか、逆にまったくの他人なら構わないけれど、会社の人、しかもエリートと噂されている先輩に無防備な姿を見られたのは、なんとなく不覚だ。

 こんな風に偶然顔を合わせることも今後増えていくのかな……。

 せっかく引っ越した自分の城が完全なるプライベート空間ではなくなってしまった気がして、思わずため息をつく。

 だからって真城さんが悪いわけじゃないし、普段通りの生活を続けるしかない。

 彼だって今日は引っ越し初日だから声をかけてきただけで、普段から頻繁に交流するつもりはないはずだ。あまり気にしないことにしよう。それよりも……。

「ただいま~、ボブ~」

 自分でもちょっと引くほど甘えた声を出し、リビングに入る。

<第3回に続く>

本作品をAmazon(電子)で読む >

本作品をRenta!で読む >

本作品をebookjapanで読む >

本作品をBOOK☆WALKERで読む >

あわせて読みたい